温泉へ行こう!  第二話「ヤマト☆パニック」A

 


 「お兄ちゃん。大丈夫?」
 ヒカリがふすまから顔だけ出して、俺に尋ねた。
 「ああ。ヤマトも寝付いたし」
 泣き出したヤマトをみんなであやしてみたが効果はなく、しかもヤマトは人見知りのケがあるらしい。泣くヤマトを抱っこして部屋に連れていき、寝かし付けたところだ。
 ヒカリを手招きして、呼ぶ。
 「安心して寝ちゃったんだぁ」
 「泣き疲れただけだと思うぞ」
 ヤマトの顔を覗きこんで、ヒカリはクスッと微笑んだ。
 「きっとヤマトさんも、お兄ちゃんの事好きなのね」
 のんびりと茶を啜っていた俺は、危うく茶を吹き出し掛けた。
 「なっ、何を!?」
 「だって、さっきずっと手を繋いでたし、しがみついてたし」
 なんとか吹き出しかけた茶を押しとどめた俺は、その代りによだれの様に垂れた茶を、浴衣の袖で拭った。 
 「アレはひよこが始めて見たものを親だと思うっていう、アレだよ」
 慌てて無い脳味噌をフル回転させて対応する。
 やべぇ……。泣き付かれたあげく、一緒にマスターベーションをしたとか、寝ている所をキスをしたとか、あまつさえ今日もおはようのちゅうをしたなんて、言えねぇ……。
 「そっか」
 「そうそう」
 よかった。納得してくれた様だ。
 「あっ、そうだ。ソラさんがお昼ご飯どうする?って」
 用事はそれだったのか。どうしようか、ヤマトは寝ちまってるし……。
 「持って来てもらえるか?みんなが食い終わった後でいいから」
 「うん、解かった」
 パタン、とふすまが閉まり、ぱたぱたと足音が遠のいていく。
 緊張の糸が、ほぐれていく。
 「なんで女ってのはスルドいんだ?」
 いつばれるかとヒヤヒヤした。
 俺はヤマトが好き。ヤマトが、俺を好き?
 それは、まぁ……、かわいかったし、他人にやってもらうのは気持ちよかった。
 でも記憶が戻ってしまったら……?
 ヤマトが、ヤマトに戻ってしまったら……?
 ちびヤマト(考えにくくなってきたので、今のヤマトのニックネーム) が俺に懐いてくれていて、恐らく好きなのは解かる。でも、ちびヤマトが記憶を取り戻して、小学五年のヤマトに進化してしまったら、もしかしたら記憶がなくなるのだ。 ちびヤマトだった頃の記憶、つまり記憶が後退していた時の記憶は残らず、空白になるのだ。
 たしか、どっかの漫画とかで読んだ事がある。記憶喪失になった時の記憶は残らない事が多いと。
 そんなの、いやだ。
 俺はヤマトが好きだから。好きになっちゃったから。
 一人で強がっていただけなんだ、ヤマトは。強い奴だと思っていたけどそうではなく、ヤマトは弱くて、脆い、俺たちと同じ人間の子どもなのだと気づいたから。
 でも、弟離れはしてほしいものだ……。


    
 


とりあえず第二話です。まだまだ行きます。
2006.8.29 かきじゅん