月の住む湖  −−あたしだけの王子さま−−


 辿り着いたのは、金冠町の外れにある林の中の小さな池。

 「ぐぁ〜(キレ〜)」

 「……」


 小さな池の中には、月がゆらゆらと浮かんでいた。


 すごくキレイで、ひきこまれそうなほど…。


 それから、プリンセスチュチュとして、何も知らずに踊っていた頃がほんの少し、懐かしくて、あひるは胸が痛くなった。


 もう一度踊りたい…。


 あとあひるは思った。


 今度はは王子さまのみゅうとじゃなくて、ふぁきやときれいなチュチュを着て、踊りたい。…と。


 「あひる」


 ふぁきやに呼ばれて、考えたってはじまらない。と、あひるはグルグルと考えることをやめて振り返った。


 「一曲、お相手を願えますか?」


 かすかに微笑んで、ふぁきやはあひるに手を差し伸べた。


 あひるはびっくりして、大きな目をさらにまん丸にして固まってしまった。


 だって、以前よりよく笑うようになったとはいえ、あのふぁきやがほんのり笑っている。


 「ぐぁ(喜んで)」


 思わずふぁきやに見とれてしまっていたあひるだが、レディーらしく羽を広げた。



 どんな姿になったとしても、ふぁきやと一緒に踊れることがうれしかった。


 それはあるものが見たら、不思議な光景なのかもしれない。


 鳥のあひると、人間の男が楽しそうに音もなく踊っているのだから。


 曲はかすかに聞こえる森のさざめき。


 スポットライトは、やわらかな月の光。


 観客は湖に映った月。それから、まだ寝ていなかった森の動物たち。観客らは、やさしく、愛を囁くように…いとおしげに踊る一人と一羽を見守っていた。




 そして、あひるは踊りながら願っていた。


 ……ねぇ、お月様。


 あたし、ふぁきやと一緒にいてもいいのかな。


 だってね。あたし、ふぁきやのことがすっごく好きなんです。


 ずっと一緒にいたいんです。


 ずっと、ずっと…。


 ふぁきやと一緒に…。




 「あひる…」


 踊りながらふぁきやが囁いた。


 「ぐぁ?(なに?)」


 「ずっと、俺のそばにいてくれ…」


 聞き返すと、そう言われた。


 キラキラと月の光をまとったふぁきやが、あひるには白鳥の湖に出てくる王子「ジークフリード」に見えた。


 あたしは「オデット」じゃないけど…。


 でも、聞かれなくてもそのつもりだったよ?



 
 「きまっているじゃない。あたしだけの王子さま」




 「っ!?」


 びっくりしているふぁきやの腕に飛び込んだつもりが、胸に飛び込んでしまって、ふぁきやがしりもちをついた。


 あひるは両手で、ぎゅっとふぁきやを抱きしめた。


 ふぁきやも、こわれ物を扱うかのようにあひるを抱きしめた。


 「あひる………お前」


 「って…。アレ…?」


 感覚の違うことに気がついたあひるは、自分の手を見た。


 鳥の羽ではなくて、人間の女の子の手。


 「ふぁきや…」


 「あひる…」


 ふたりは見つめあって、それから同時にふきだした。


 仲良く笑うふたりを、月がやさしく見ていた。




――それから…。 


 それから、幾年月がたって湖には別の名前がついた。


 「月が住む湖」


と。


 月のきれいな晩に願い事を祈るとその願いがかなう…。


と。


 願いが叶うその様は、さながら白鳥の湖の王子ジークフリードと、呪いによって白鳥になってしまったオデット姫の奇跡の物語のようだ。


と…。


 そっと、町の人々に語り継がれている。


 END


   


第三話「あたしだけの王子さま」

 ということで、完結です。この話を考えてから、かなりの年月がたってしまっていまいました。でも、こうして完結することができて、嬉しく思います。
 この話を読んで頂いた方全てに、「あなただけの王子さま」もしくは「あなただけの姫」が現れることを願って・・・。

06.6.24 かきじゅん