狂気に蝕まれていく自分が、心地いいと感じるのは罪だろうか。



 罪とパンドラの箱



 「…どうして?」
 そうサイザーは問い掛けた。
 「愛しているからよ」
 私はそう答えて、また微笑んだ。
 「なにを望んでいる?」
 「なにも…。私は何も望んでいないわ。全ては、世界が望むように…」
 「じゃあ、この箱は!?何のためにッ!!」

 ……彼女が求めるものは、肉親のぬくもりか、愛情か、はたまたこの世界の破滅か。

 そのどれであったとしても、かまわないと思った。

 「あなたのために…」
 私は立ち上がり、鍵を指差した。

 「サイザー。あなたなら、すぐ手が届くわ」

 私はサイザーを見つめた。
 金色の髪。
 切れ長の涼しい目元。
 愛した彼と、よく似た顔。

 「…」
 何を言っても無駄だと思ったのか、気の変わらないうちにと思ったのか。サイザーはそんな私を一瞥して、羽を大きく広げた。
 「兄さん…」
 そう、小さく呟きながら、ふわりと舞い上がる。長い金色の髪は光に反射し、純白の羽を広げている姿はまさしく天使。
 サイザーはそっと、鍵を取り出した。
 そして箱に頬を寄せ、何事かを囁く。

 その様子を見て、私はそっと目を閉じた。
 数え上げるは私の罪。
 世界も彼も救いたいといいながら、結局は誰一人として救うことが出来なかった罪。
 とてもとても大切な人を、自分のエゴで、彼は人間だったというのに、魔族として箱に封印してしまった罪。
 世界と、彼と。天秤にかけれるはずもなかったのに、天秤に掛けた罪。
 私は、ゆっくりと目を開けた。

 私だけのものだった、鍵と、ハーメルの入った箱。
 でも、私にはもうあけることが出来ない。

 そして、その資格を持ったこの世界でただ一人のひとサイザーは、いとおしげに箱をなで、鍵をはめた。

 ザシュッ!!

 一瞬のでき事だった。
 「兄…さん…?」
 パンドラの箱から出た手は、妹であるサイザーを抱きしめてはくれなかった。
 その手は、サイザーの背中から生えているようにも見えた。

 赤く濡れた手。
 「に…い…さん?」
 玉座に滴る血。
 「グギギギ…」
 箱から聞こえるのは、この世のものではない何かの声。
 「そこ…に、いるんだよね…?」
 サイザーの頬に、涙が一筋、流れ落ちた。サイザーの瞳は、急速にその輝きを失っていく。
 
 そう。
 パンドラの箱から出たものは、闇と孤独に支配された、一匹の魔族。

 「にいさん…」
 「グガァァァァァァァァッ!!」
 ハーメルは咆哮を上げた。
 「に…いさ…ん…」
 サイザーは、それでもなお、ハーメルに縋ろうとした。生まれてすぐ、生き別れとなった半身へ。
 腕を伸ばし、その変貌した顔に手を触れるか触れないかの距離。
 「グギギ」
 しかし無常にもハーメルは、そんなサイザーの思いなど知らず、無造作に腕を振るった。

 ガシャーンッ!!

 あっけなくその身体は壁に叩きつけられた。
 白い壁には、赤い血が飛び散った。

 「ハーメル…」
 私は、恍惚とハーメルを見上げた。
 ハーメルは漆黒の翼を広げて、赤い瞳で私を見た。
 「ギギギギ…」
 「おかえり、ハーメル…」
 私は微笑んで腕を広げた。

 私の最後の罪。
 それはきっと、やさしい最愛の人を、闇と孤独に支配された、一匹の魔族にしてしまったこと。
 そして、この世界を一度は救った身でありながら、破滅へと誘ったこと。

 ハーメルは躊躇うことなく私の前に舞い降り、私の心臓を抉った。
 「ごめんね、ハーメル…。寂し…かっ…たよ…ね…」
 ハーメルの背に腕を回した。ゆっくりと抱きしめ、荒れ狂う髪を撫で付けた。
 忍び寄ってくる闇が、私を飲み込もうとする。
 でも、あともうちょっとだけ…。
 もうちょっとだけ、この人を抱いていたいの。
 「愛して…い…」
 愛しているわ、ハーメル。
 誰よりも、何よりも。
 そう、この世界よりも…。

 ゆっくりと、力が抜けて。
 ゆっくりと手が、滑り落ちた。

 私の瞳には、もう何も映らない。
 
 手が滑り落ちた先に触れたのは、パンドラの箱。

 「フルート…」

 最後に、私の名を呼ぶ優しいハーメルの声がしたような気がした。



 パンドラの箱から、最後に出たものは希望だったというけれど、今度は…。


 END

   


やっと、完結することが出来ました。
映像が脳内にあって、それを文章化するのがなかなか手強い…(苦笑)。
フルートはハーメルを愛するがゆえに狂気に蝕まれ、サイザーは半身を思うがゆえに清らかに、本来の姿である天使へと戻っていきました。
ラストは散々悩みましたが、星花嬢の励ましと後押しもあり、このラストで。救われない終わり方も、どうしようもなく好きですよ?

このシリーズは、アニメハーメルのビデオを、全巻セットで貸してくれた、星花嬢へ奉げます。
いらんくても、押し付けます(笑)。
煮るなり焼くなり、好きにしてくださいな。

2007・かきじゅん