時々、声が聞こえる。

 それはいつも突然に、深淵から聞こえてくる。

 お嬢さん。

 と、エンシェントドラゴンで魔族だった頃の彼が私を呼ぶ声が聞こえてくるのだ。

 そして私は、その声に答える術をしらない。



 
フィリアとヴァルガーヴの冬支度

 〜スノードロップ〜



 「フィリア!」
 ヴァルガーヴに声をかけられて、はっとした。
 あたりを見渡せば闇ではなく、あたたかい調度品にかこまれた自分の家で、ストーブの上のヤカンがゆっくりと湯気を上げていた。
 「どうしたの?」
 外から帰ったかと思えば、スカートを引っ張る冷たいヴァルガーヴの手を自分の手で包み、私はしゃがみこんだ。
 グリーンの髪には、白い雪がのっていた。
 「いいものを見つけたんだ!ちょっと来て!!」
 顔を興奮のためか、寒さのためか紅色に染めて、ヴァルガーヴは目をキラキラさせてスカートを引っ張る。
 窓の外は、白一色。
 寒いんだろうな…と、寒がりな私は躊躇してしまう。
 「早く、フィリア」
 しかし、キラキラとした笑顔のヴァルガーヴにかなうわけもなく、フィリアは心の中で溜息をついた。
 「ちょっと待って、コートを取ってくるから」
 「早くね!」
 そわそわそわそわと落ち着きのないヴァルガーヴに苦笑しつつ、私はコートをとりにクローゼットへと向かった。



 「フィリア」
 ヴァルガーヴに手招きされて、ドキンと胸が高鳴った。
 『お嬢さん』
 そう、呼ばれたような気がして。
 顔が一瞬、とても大人びて見えて、心臓を鷲掴みされた気分。
 「見てみて!」
 しかし、あどけない顔で笑い、いつまでも立っている私のスカートを引っ張るヴァルガ―ヴをみて緊張感はすぐに薄れていく。
 「あ…」
 「ね?すごくキレイでしょ」
 ヴァルガーヴが指差したその先には、小さな白い花。

 ――スノードロップ。

 長い冬に終わりを告げ、人々に希望を与えるその花は、雪に守られるようにして咲いていた。

 「そうね」
 私が微笑むと、ヴァルガーヴは得意げな無邪気な笑顔で頷いた。
 「フィリア」
 ヴァルガーヴの頬を撫でた。彼はくすぐったそうに首をかしげ、微笑んだ。
 『お嬢さん』
 どこからか声がした。
 懐かしい、エンシェントドラゴンで魔族だった頃の彼が私を呼ぶ声。
 それは深淵から聞こえているのではなかったのだと唐突に思う。
 『お嬢さん…』
 温かな気持ちのこもった声。
 どこかで私のことを恨んでいるんじゃないかと、勝手な思い込みで、私がそう思っていただけ。
 動けないでいたのは、私自身だったのだ。

 風に揺れる、スノードロップを見て思う。
 彼は、風に乗って運ばれてくる春のような希望になったのだと。
 そしてその希望は今、私の隣で笑っている。
 ふと目についたグリーンの髪に時折舞い降りる雪を、そっとはらった。
 「フィリア?」
 見上げるヴァルガーヴに、微笑んだ。
 「なに、ヴァルガーヴ?」
 「なんか、幸せそうだったから」  
 「そうかしら」
 そう言って見上げた空は、青くどこまでも広がっていた。
 「フィリア、大好きだよ」
 「私もヴァルガーヴのこと、大好きよ」
 ぎゅっと抱きついてきたヴァルガーヴを抱きしめ、フィリアはそっと目を閉じた。

 まぶたの裏には、もう深淵にいる彼の姿は映らない。

 希望の春の風に戯れる、ヴァルガーヴの未来を描くから…。

 END

  


クリスマス&末年始連続企画。
スレイヤーズ編第5段です。
亀更新でホントすんませんでした…。
ちなみに、最終話です。
長らくのお付き合い、ありがとうございました。
2007.1.25かきじゅん