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 戦いの中で、幾人の命をこの手で殺めただろう。
 殺さなければ、殺されていた。
 きれい事を言うつもりはない。

 でも――。

 ふわりふわりと、やわらかく降り積もり、全てのものを覆いつくす雪のように、全て真っ白になれればいいのにと思う。
 ただ、それが覆い隠すだけで、何も変わらないのだと知っていても。

 ……全て真っ白になれたら。

と。





 雪見酒





 ふわふわと舞い降りる雪。
 白く。
 全てのものを白く、きれいに覆っていく。それはまるで、何もなかったかのように。きれいなものも、汚れたものも全く同じに見せかける、大自然の驚異でもあり、神秘でもある。
 「風邪をひくぞ」
 「んっ…。ありがとう、史鋭慶」
 外套を後ろからふわりと掛けられ、俺は振り返った。
 史鋭慶は無表情に、俺の隣に腰を下ろした。間髪入れずに、李暫嶺が燗酒とささやかなツマミを持ってやってきた。
 「今日は寒い。飲め、温まるから」
 「ああ、すまない」
 猪口を受け取ると、ほんの李湯気のたつ燗酒が注がれる。
 俺の隣に座っていた史鋭慶も、無言で猪口を取り上げた。李暫嶺は口元に笑みを浮かべ、酒を注いだ。俺は李暫嶺が史鋭慶の猪口に酒を注ぎおわったのを見計らい、徳利を李暫嶺の手から受け取り、李暫嶺を促した。
 「どうせだから、三人で飲もう」
 「いや、俺は…」
 断ろうとする李暫嶺を遮って、
 「何を言っているんだ。李暫嶺は家政婦でもなんでもないんだから…。な、史鋭慶」
と、言い史鋭慶を見た。もとより、李暫嶺が家事をしてくれるのはありがたいが、申し訳ないとも思っている史鋭慶は、「ああ」と頷いた。
 「ちょっと待ってて」
 俺は史鋭慶の外套を肩に引っ掛けたまま、猪口をとりに行った。
 戻ってきて、猪口を手渡すと、李暫嶺はやわらかな笑みを浮かべた。
 「では、甘えさせてもらおう」
 李暫嶺が手にした猪口に、俺がとくとく……と小さな音を立てて、酒が注ぐのをじっと史鋭慶は待っていて、徳利を置いた俺と李暫嶺に向かって、小さく猪口を掲げた。
 俺と李暫嶺はそれに倣い、小さく猪口をかかげた。
 こくり。と飲んだ燗酒は温かく、五臓六腑に染み渡り、俺たちの冷えた体を温めた。



 酒を飲みながら、ちらりと外を見る。
 雪は、まだやむ気配はない。
 山の中にひっそりと建っている史鋭慶のこの屋敷は、このまま雪が降り積もれば、白く、俺たちごと雪が覆い隠してしまうだろう。
 
 ……それもまた、いいのかも知れないな。
 
 ふと、思う。
 束の間ではあるけれど、三人で雪に隠されていても、いいんじゃないだろうか、と。
 束の間の白い世界で、ほんの少しだけ、人を疑うことを知らなかった、真っ白な自分に立ち戻ってみてもいいんじゃないだろうか。
 そんな思いにかられ、しかし、そんなことを考える自分がなんだか可笑しくて。
 俺はまた、外を見た。
 雪は踊るように、舞い降りていた。
 「…何を笑っている?」
 史鋭慶に抱き寄せられ、耳元で囁かれる。
 「キレイだなって、思ったんだ」
 「雪が、か?」
 「ああ」
 見上げると、舞い降りてくる口付け。
 「真っ白……だからな」
 李暫嶺は俺の思っていたことがわかったらしく、クスッと微笑んだ。
 俺は史鋭慶の腕に抱かれたまま、李暫嶺に手を伸ばした。
 手は李暫嶺の少し荒れた手に掴まれ、李暫嶺は俺の手のひらに、指先に口付けを落とした。
 「大丈夫、青樺はきれいなままだよ。どんな事があろうとも…」
 囁きとともに落とされた李暫嶺の口付けは甘く。
 史鋭慶の腕は、さらに強く俺を抱いてくれた。

 ふたりのぬくもりが愛しくて。
 なぜだか俺は一筋、涙を流した。





 END

 


あとがき
1月にあった研修会の会場で、もそもそ書いていた冬小説in帝千。
適当加減が見え隠れするんですが、気が付いていたら春になっちゃっていたので、適当でも許してください。
なかなか家パソの前に座れなくて、携帯からの必死のアップですから!(必死っぷりを微妙にアピール)


かきじゅん

2010.3.27 裏日記にup。

2010.4.6 表にup。