BARはにコネ「ブッシュミルズの香りとともに」
カランコロンと、ドアにつけられている小さな鐘は音を立てた。
「いらっしゃいませ」
若い男の声だった。
セバスチャンは、眉をひそめた。ここのマスターは落ち着いた、中年と言うには遅く、老人と言うには憚られる。そんな年齢の、落ち着いた男だったはずだ。
先日、会社の部下と飲みにきたときは、マスター――昔馴染みにはヨハンで通っている――がいた。
薄暗い店内で、目を凝らすと銀髪の男がいた。年は20そこそこ。
「マスターは?」
いつもの指定席となってしまっている、カウンターのスツールに腰をかけた。
「マスターは少し、腰を痛めまして…」
少し、困ったように苦笑する。この様子だと、来る客来る客に同じ質問をされているのだろう。
「皆さんに聞かれるんですよ」
続けてそう言葉をつむぎながら、手馴れた仕草で氷を丸く削る。
「そうか」
セバスチャンは頷いて、改めて男を見た。整った顔立ちをしている。顔を上げていると、一瞬きつく見える眼差しは、下を向いているためかわいらしく見える。けっして女性的ではないが、美人顔である。
男は何年も修行してきたような手つきで丸く削った氷をグラスにいれ、ウイスキーを注いだ。
それは、見覚えのあるボトルだった。
ここに来るといつも飲んでいる、ブッシュミルズというアイリッシュウイスキー。
ちなみに、アイリッシュとは、イギリスのブリテン島の西に位置する、アイルランド島で作られるウイスキーの総称である。
「どうぞ」
あでやかな手つきでコースターが敷かれ、幾分慎重な手つきでグラスが置かれた。
「……」
どうして当たり前のように、いつもマスター・ヨハンがしてくれるように、注文もまだしていない酒が出てくるのかが分からない。セバスチャンは、男に視線を向けた。
男はきょとんとした顔をしていたが、「ああ」と頷いた。
「表には出てなかったんですが、裏で軽食作ってたんですよ」
「それで…」
セバスチャンはやっと納得がいって、グラスを手に取った。口に含むと、いつもと同じ味。
「名前は?」
「Bです」
「B…か」
セバスチャンは、今日はいい夜になりそうだと微笑んだ。
END
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拍手小説でした。
2007年5月21日に入れ替えいたしました。
2007.6.12 小説ページに再見