ふわりふわりと雪が舞う。

 闇夜を舞台に雪が舞う。

 それはまるで、ダンスを舞うように。

 ゆらりふわりと楽しげに。




 グリューワインとキス





 「B君、お疲れさまでしたね」
 巡回が終わり、部屋に戻ろうと長い廊下を歩いていると厨房から意外な人が顔を出した。
 「ヨハンさん…」
 「寒かったでしょう。少しこちらにおいでなさい」
 「えっ?あ…、はい」
 優しい笑顔で手招きされて、あたふたと俺は厨房へと足を向けた。
 「まあまぁ、おかけなさい」
 厨房の手ごろな椅子を勧められ、言われるがままに俺は椅子に腰を下ろした。
 鼻腔を擽るのは、赤ワインとシナモン、グローブといったスパイスの香り。
 「あみぐるみをしていましたら、つい寝そびれてしまいましてね。グリューワインでも飲んで、暖まって寝ようと思って厨房を少しお借りしていたところなんですよ。」
 物腰はやわらかで口調も穏やかだけど、すでにマグカップが二人分用意していたので、見回りをしている誰かの分も偶然ではなく用意していたのだろう。ちなみに用意されているマグカップは、きちんと俺とヨハンさんので。俺が今日、見回りをしているのを知っていて用意してくれていたのだろう。
 でも、俺に負担を掛けないように。
 それとわからない様に、との心遣いなのだろう。
 優しくて、ほんの少し不器用なのに、いたせりつくせりのヨハンさんと俺は恋人てして付き合っているワケなんだけど、こういう場面では少しくすぐったい。
 でも、うんと年上の恋人が自分のためにしてくれることだから、くすぐったくても、それよりも嬉しい気持ちが大きい。
 「ありがとうございます」
 だから俺は。俺にできる唯一のこと――ヨハンさんが差し出してくれたグリューワインを微笑んで受け取り、「いただきます」と感謝の気持ちを伝えた。
 言わなければ伝わらない。
 育った環境も、年齢も大きく違うから尚更だ。
 おおぶりのマグカップに満たされた赤ワインからはスパイスのいい薫りと、赤ワインの薫り。
 「軽く…だったら入るでしょう」
 そういって差し出されたのは、アーモンドのたっぷり入ったショコラサブレ。
 「俺、ヨハンさんのショコラサブレ好きです。アーモンドが香ばしくて」
 好物を出されて、俺は素直に喜んだ。変に遠慮するほうが、ヨハンさんが気にするからというのもあるけれど、年上の恋人に甘やかされて、くすぐったいけど心地いいと思い始めている今日この頃だ。
 「それはそれは…。嬉しいですね」
 ヨハンさんはニコニコと、自分もグリューワインを入れたマグカップを持って、椅子に掛けた。
 「お疲れさまでした」
 「お疲れさまです」
 軽く、マグカップをかかげて乾杯の代わりとし、熱いグリューワインを口に含んだ。赤ワインのふくよかな味と、シナモン、グローブのスパイス。それから、ほんの少し入れられたはちみつが喉を潤す。
 「暖まりますよね」
 「そうですな」
 くすりと笑って、ヨハンさんはそっとショコラサブレを俺の方にすすめてきた。
 「いただきます」
 「どうぞ」
 口に入れて頬張ると、ココアの苦みと香ばしいアーモンドの風味が口のなかに広がった。香ばしいこのサブレは、ヨハンさんの作るお菓子の中でも俺は特に好きだった。
 「合いますね、グリューワインとショコラサブレ…」
 俺としては意外な組合せだったので、感嘆とともに伝えるとヨハンさんは目を細めて、
 「そうでしょう。チョコレートを摘みながら、お酒を召しがある方もお見えになられますが、甘さを控えたほろ苦いショコラサブレは、驚くほど合うんですよ」
と、笑顔で頷いた。
 「グリューワインには、ボイルしたホワイトウインナーだと思ってました」
 「それも美味しいですね。B君は若いから、そっちの方がいいでしょうね」
 「そうでもないですよ。特にこんな夜中に、そんながっつりしたツマミを食べたら、寝るためにお酒を飲んでいるのに、寝れなくなっちゃいますよ」
 くすりと笑って、もう一枚、サブレを頬張った。



 コップ二杯ももグリューワインを飲むと、ポカポカと体も暖まり、時間も時間なので、それぞれの部屋に引き上げることとなった。
 「ご馳走様でした」
 ヨハンさんに礼を言うと、ヨハンさんは穏やかに微笑んだ。
 「いえいえ、お粗末様でした。片付けを手伝ってもらってありがとうございました」
 「食べたのであれば、片付けるのは当然ですよ」
 屋敷の中は寝静まっていて、外も深々と雪が降る中でふたりだけが起きているので、自然と小声でのやりとりなる。
 「きっと明日は大変ですね」
 「雪掻きが……ですね」
 「ええ」
 降り積もった雪は、フランクフルトの町並みを白く埋めつくし、朝になれば陽の光にキラキラと輝いて美しいだろう。たしかに、雪掻きとかは大変だろうけど、それだけは楽しみである。
 「B君」
 「はい」
 ふいに一緒に外を眺めていたヨハンさんに呼ばれて、それから抱き寄せられた。
 抱き寄せられて、舞い降りる雪のように俺の唇に舞い降りてきたのは、グリューワインの味のするキス――。
 「こんなキスをされたら寝るために飲んだのに、寝れなくなっちゃいますよ……」
 離れた唇を追うように、ヨハンさんの首に腕を回して囁く。
 甘い言葉は照れ臭いと、あまり言ってはくれないくせに行動だけは素早い恋人に、少し甘えてみたくなった。ぽかぽかと温まるグリューワインの所為かもしれないけど、不意討ちのキスをしかけてきたヨハンさんの所為に違いない。
 「セバスチャンに怒られてしまいそうですね……」
 だから、そう言って「ふふ…」と、笑うヨハンさんの腕の中で俺は、
 「その時はヨハンさんが怒られてくださいね」
と、かなり年上の恋人に、キスとともに囁いた。





 END

 


甘っ…!?
気が付いたら、なかなかのバカップルになってました。
ちなみに、冬に書くだけは書いていたのですが、アップしそびれというか、パソコンに向かう暇とか気力がなかったというかって感じです。もう春なのにすいません、寒い季節の話で……。

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