缶を開けたと同時に広がるやさしい香り。

 子供のようだと苦笑して、缶に顔を近づけてその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


 思い出すのは、母のやさしい微笑み。


 ――それは、幸せの方程式。



 
お茶と幸せの方程式



 珍しく、パチっと目が覚めた。
 目覚めがものすごく悪い自分にとって、数年に一度あるかないかの快挙だ。
 セバスチャンはカーテンを開け、数年に一度しかまともに見ない朝の日の光を見た。
 こんな日は、コーヒーではなく、紅茶……リッジウエイのイングリッシュブレックファーストが飲みたくなる。
 それと、クロワッサンか、イングリッシュマフィン。
 サワークリームと、グレープフルーツがあればもっといい。
 そんなことを考えながら、手早く身支度をする。
 懐中時計を見ると、まだ朝食までに時間に余裕がある。デイビットに言って、間に合うなら朝食を変えてもらおう。
 セバスチャンはパチンと懐中時計を閉じて、ポケットに入れた。
 廊下に出ると、早春のひんやりとした空気がセバスチャンを包んだ。
 厨房へ行くと、すでに忙しく立ち働くデイビットの姿。
 「デイビット」
 「おはよう、ハニー。今日は早いんだな」
 声をかけると、デイビットはさわやかに微笑んだ。
 「おはよう。すまないが、朝食の変更は可能か?」
 単刀直入に切り出すと、デイビットは一瞬きょとんして、それから考え込んだ。
 「……腹でも壊したのか?」
 「いや。クロワッサンとサワークリームがあればいいんだ。珍しく目覚ましなしで目が覚めたら、紅茶がのみたくなっただけだからな。無理ならいつも通りでかまわないのだが」
 心配そうな顔をしているデイビットに苦笑し、手短に要望を伝えた。
 「たったら、変更なんかしなくても大丈夫だ。今日は特製の焼きたてクロワッサンと、生ハムサラダの予定だったからな。以心伝心だな」
 そう言って、さりげに腰に手を回そうとしたデイビットを返り討ちにして、セバスチャンは、
 「サワークリームとグレープフルーツもつけてくれ。あぁ、紅茶は俺が準備する」
と言い、厨房を後にした。
 父が帰ってくると、母は『とっておき』の紅茶を出し、クロワッサンを焼いた。
 その日だけはものすごく楽しみで、いつもは起こされても起きないのに、自然に目が開いて両親が笑った。
 今思えば、そう高い茶葉ではない。
 しかし、あの頃のうちにとってはとても高価なものだったのだろうか。
 セバスチャンはそんなことを考えながら、リッジウエイの缶を手にとった。
 「おはようございます。今日は早いのですね」
 「ええ。おはようございます、ヨハン」
 後ろから声をかけられ、振り返れば誰よりも早く起きてくるヨハンが、セバスチャンの姿を見て、おだやかに微笑んだ。
 セバスチャンも微笑み返して、缶を開けた。


 END

  


あとがき。
皆様のおかげで、はにコネもめでたく10000ヒットを迎えることが出来ました。

本当にありがとうございました。
アンケートで、スレイヤーズと同点一位になったセバスチャンです。今回は特にカップリング色を出さずに、セバスチャンメインです。いかがでしたでしょうか?
食い物の話が多いのは、かきじゅんが食い意地がはっているからです(笑)。
2007.3.23 かきじゅん

フリー期間は終了しました。あろがとうございました。