「ミツバチがその一生をかけて集められる蜂蜜は、たったのスプーン一杯なのよ」
 パンケーキを食べているときにたっぷりの蜂蜜をかけていたヴァルガーヴは、
 「そんなにちょっとなの?」
そういって、目をまんまるにした。



 
スプーン一杯の幸せ



 ヴァルガーヴは見上げていた。
 そこには、大きな木の枝葉に見え隠れするミツバチの巣。
 今は黄土色の巣しかみえないけれど、あの中にはキラキラの蜂蜜が詰まっているはずなのだ。
 うっかりリナが口を滑らせた、フィリアの家を出てすぐの街道沿いである。
 道行く人はヴァルガーヴを見、そして木上を見て、「あぁ」と納得して微笑んだ。

 かわいらしい子供が、じいっとミツバチの巣を見ているのは微笑ましく人の目に映った。
 「何をしていらっしゃるんですか、ヴァルガーヴさん」
 「うぁ」
 突如としてポンと肩を叩かれて、ヴァルガーヴはバランスを崩した。
 顔から地面に突っ込む直前に、誰かに抱きかかえられた。
 「おっと、危ないですよ」
 そう言って、ニコニコとヴァルガーヴを抱きかかえたのは、黒い神官服を着た時折訪れる知った顔。
 生ゴミ魔族じゃなくて、謎の好青年じゃなくて…。そうそう、ゼロス兄ちゃん!
 「ありがと、ゼロス兄ちゃん」
 「どういたしまして」
 ゼロスに降ろしてもらったヴァルガーヴは、きちんと名前を思い出して、お礼をいえたことにホッとした。そして、また木の枝葉に見え隠れするミツバチの巣を見上げた。
 「ミツバチの巣ですか…」
 「うん。なぁ、アレの中には蜂蜜がいっぱい入っているんだよな」
 「そうですねぇ」
 いまいちヴァルガーヴが何をしたいのかつかめないゼロスは、首を傾げつつも頷いた。
 「よし!」
 ヴァルガーヴはその返答に勇気を奮い起こした。そして、果敢にもミツバチの巣のある木に近づいてく。
 ゼロスは、面白そうにその光景を眺めていた。
 「何してんの?ヴァルガーヴ」
 「うぁぁ」
 と、やはり唐突に声をかけられて、前のめりになって進んでいたヴァルガーヴはこけかけた。
 「危ないわよ、蜂の巣があるんだから」
 「リナ姉ちゃん…」
 ペタリと座り込んでしまって見上げれば、先日、この場所に蜂の巣があることを口にしたリナだった。
 「刺されたって、死にはしないけど……痛いわよ」
 なんとなくヴァルガーヴのしそうなことを察知したリナはそういって、にやりと笑った。
 「うっ…」
 痛いのはイヤだと、ヴァルガーヴは息をのむ。
 「ゼロスも止めなさいよ。見てたんでしょ」
 「僕がですか?」
 「……あんたに道徳観念を説いても仕方が無いわね」
 「その通り」
 頭上でポンポンと会話する二人を見上げ、ヴァルガーヴは聞いた。
 「じゃぁ、どうやって蜂蜜を取るの?」
 「石を投げて、蜂を追い出してから、巣ごと奪うのよ!」
 自信満々にいうリナを見て、ヴァルガーヴは目をキラキラさせて頷き、ゼロスはのんびり答えた。
 「そっか!」
 「リナさんほどの野生児でしたらするでしょうね」
 「野生児って何よ?」
 リナがゼロスをしめようとしたとき、「えい」というかわいらしい掛け声がした。

 「まさか…」
 「そのまさかのようですよ」
 なかなかのコントロールで、ヴァルガーヴの投げた石は蜂の巣に当たった。
 ぶーん…。
 羽音とともに出てくるミツバチ。
 「ちょっ!逃げるわよ、ヴァルガーヴ」
 リナはとりあえず、ヴァルガーヴを小脇に抱え、走り出した。如何せん虫相手では、先手必勝逃げるが勝ちである。
 ゼロスは苦笑して、一緒に走っていった。



 「ヴァルガーヴ」
 地を這うような声とは、このことだろうとヴァルガーヴは思った。
 リナにはかれこれ数刻前にこってり怒られた。
 そして、数箇所を蜂に刺され――ヴァルガーヴは自分で名誉の負傷だと思っているのだが――帰宅したヴァルガーヴを待っていたのは仁王立ちするフィリアだった。
 「ごめんなさい」
 身の危険を感じたヴァルガーヴは素直に頭を下げた。
 先手必勝、謝るが勝ちである。こと、フィリアに関しては…。
 「危ないから、近づいてはダメだといったわよね」
 「はい…」
 フィリアは小さく溜息をついて、ヴァルガーヴの手を取った。
 「こんなに刺されて…」
 優しくなでさする手は、いつだってあたたかい。
 キラキラの黄金色のはちみつは、大好きなフィリアの髪と一緒の色だから。キラキラしていて、頬張ればほんのり甘くて、フィリアもうれしそうにしているからあげたかったのだ。
 でも、フィリアのためにと思ってしたこととはいえ、またフィリアを心配させてしまったとヴァルガーヴは泣きそうになった。
 「ま。名誉の負傷ってトコじゃない?ね、ヴァルガーヴ」
 ひょこっと現れたリナは、そう言ってフィリアに渡した。
 「リナさん…」
 「リナ姉ちゃん」
 渡されたのは、規則正しい六角形が並んだ巣蜜。
 「ヴァルガーヴの粘り勝ちした結果よ」
 ウインクをひとつして、ヴァルガーヴの頭を撫でた。
 「パンケーキが、おいしかったから…」
 少しそっぽを向いて、そう呟いたヴァルガーヴに、フィリアは苦笑して、それから、
 「今日はパンケーキを焼きましょうか」
と、言って微笑んだ。


 END

 


あとがき

「記憶ノ樹」のじょぜ様との相互リンク記念小説です。じょぜ様のみ、お持ち帰りOKです。
長らくお待たせしてしまいまして申し訳ありませんでした。
こんなんでよければ、貰ってくださいまし。

「ヴァルフィリとゼロリナで、ちょびっとゼロスとちびヴァルが仲良さげなお話」とのリクを頂きまして、丁度10000ヒット記念「はちみついろの幸せ」を書いたあとだったもので、話が繋がっています。
うっかりするとゼロスを出し忘れるので、最初のほうに出てきてもらったのですが、 はたして仲がいいんでしょうか…?(聞くな)
2007.5.18かきじゅん