小夜曲


 
 いつもはセバスチャンが熟睡している時間だった。
 最近、もはや習慣となってしまった就寝中セバスチャン鑑賞会であるが、部屋の主でもあり鑑賞しにきたセバスチャンがいるはずのベッドにいなかった。
 「あれ?」
 ユーゼフは思わず声を上げた。
 シーツが少し乱れたベッドと、少し困惑した様子のデイビットが目に入った。
 「お向かいさん」
 気配でユーゼフが来た事を知っていたデイビットは、特にそのことには驚きもせずに振り返った。
 「もしかして、いないのかい?」
 「そのようだな。寝ていたあとがあるのに、ベットが冷たい」
 さらりとしたリネンは、主不在をデイビットに伝えるだけ。
 ユーゼフは、珍しいこともあるものだ。と、溜息をつき、窓の外を見た。
 「新月…か…」
 いつもなら淡く光る月があるはずの空には、小さな星だけが瞬いていた。
 ユーゼフはくるりと踵を返した。
 「どこへ行くんだ?」
 デイビットの問いかけに、ユーゼフは薄く笑った。
 「迎えに行くんだよ」
 「どこへ?」
 「セバスチャンがいるところに、決まっているじゃないか」
 ユーゼフは心当たりがあるのか、スタスタと歩いていった。壁から消えようとしないところを見ると、ついて行ってもいいらしい。デイビットも、それに続いた。
 静かに屋敷を出て、夜の大通りを歩く。
 「…ところでお向かいさん」
 「なんだい?デビ君」
 「デイビットッ!なんでハニーのいる場所を知っているんだ?」
 ユーゼフは肩をすくめて、遠くを見た。
 「昔から、見ているからね」
 初夏のまだどことなくすずしい風が吹いた。
 ゆっくりと歩いて、ほど近い公園についた。
 「公園?」
 不思議そうな顔をするデイビットに、ユーゼフは頷いた。
 「たぶん、ここにいるはずだよ」
 ひんやりとした空気が、夜の公園を包んでいた。新月だからか、どことなく暗く感じる。
 「夢遊病なんだよね」
 「え…?」
 ユーゼフの言葉が小さすぎて聞き取れず、デイビットは聞きかえした。
 「昔はね、歩き回る程度だったんだよ。彼のネボッケーは」
 楽しそうなユーゼフとは対照的に、デイビットは脱力した。
 「それが今はあんなに激しくなったと…」
 「そうそう。昔はこうして、きまって新月の晩だったけどね。外に出て行っちゃってね」
 ふいにユーゼフが立ち止まった。
 「セバスチャン」
 ユーゼフの問いかけに、ぴくりと反応する人影。
 「ハニー」
 セバスチャンはデイビットの声に、ゆっくりと振り返った。
 「ユーゼフさま……デイビット…」
 見開かれる瞳は、夜の闇の中にあってもその輝きを失わない。
 「ハニーッ」
 「こんな所まで来て、どうしたんだい?」
 今にも駆け寄っていきそうなデイビットを牽制し、常とは違うやさしい声でユーゼフはセバスチャンに声をかけた。
 「……」
 無言で視線をさまよわせるセバスチャンに、デイビットは何かが違うことを感じ取った。
 「…お向かいさん。ハニーは…いったいなにがあったんだ?」
 「それを今から聞くところだよ、デーブ君」
 「デイビットッ!」
 そんなふたりの会話を知ってか知らずか、セバスチャンはゆっくりと微笑んで、歌いはじめた。それはどこか懐かしい、でも、せつないメロディー。
 「…小夜曲か」
 ユーゼフは小さく呟いた。
 誰を思って歌うのか、まるで愛を囁くように歌うセバスチャン。魅入られたように、身体が動かない。ゴクリと、唾を飲み込む音すらも妙に耳に残った。
 「セレナーデ…?夜に恋人の部屋の窓の下で歌う曲のことだよな?」
 デイビットは小声でユーゼフに問い掛けた。
 「そうだよ。この曲は、僕も聞いたことがないけどね」
 そう言って、ユーゼフはゆっくりとセバスチャンに近づいた。そして、寝間着のままで、靴も履いていないセバスチャンを、刺激しないようにゆっくりと、後ろから抱きしめた。
 「こんなに冷えて…」
 「ユーゼフさま?」
 セバスチャンは、幼子のようにユーゼフの頬に顔をすり寄せた。
 「デイビット」
 それから、デイビットに向かって手を伸ばす。デイビットが近づくと、その手を取って、にっこりと微笑んだ。
 そして、ゆっくりとまた歌いだす。
 甘く、異国の言葉で…。
 それは、愛を囁く歌。
 「まいったな…」
 デイビットが呟いた。
 「デービ君?」
 「デイビットっ!
  こりゃ、あれだ。お向かいさん。俺たち、まとめて愛されちゃっているようだ」
 異国の歌をうれしそうに歌うセバスチャンに、デイビットは微笑んだ。
 そして突然、セバスチャンは電池の切れた人形のように崩れおちた。
 「っ!」
 「ハニーっ!」
 慌ててセバスチャンの顔を覗き込んだが、穏やかな顔ですうすうと寝息を立てていた。
 「…寝てるねぇ」
 「そうだな」
 さらりと、慈しみのあふれた表情で、ユーゼフはセバスチャンの髪をかきあげた。

 「無邪気な顔をして…」
 セバスチャンが、微かに笑った。
 「…いい夢でも見ているのか?」
 デイビットもつられて微笑んで、セバスチャンを抱き上げた。
 「さ。帰ろうか」
 ユーゼフはもと来た道を戻り始めた。
 デイビットも、それに続く。
 「んっ…」
 少し、肌寒かったのか、セバスチャンがデイビットに頬をすり寄せた。人のあたたかさに安心したのか、居心地のいい位置を見つけて、また、すうっと穏やかな寝息をたてる。
 「おやおや。本気でデイビット君のことを気に入ったようだね」
 クスクスとユーゼフが笑う。
 「……お向かいさん、ひとつだけ聞かせてくれ」
 「……」
 無言でユーゼフは振り返った。闇がユーゼフを慕うように、まとわりついているように見えた。デイビットは背筋に、悪寒が走るのを感じた。
 「…ハニーのことを、愛しているのか?」
 「いつかも聞いた質問だね。愛しているよ」
 さらりと言って、ユーゼフはもういいだろうと言わんばかりに歩き始めた。



 闇を愛しているのに、光にあこがれる。

 光を愛しているのに、闇にあこがれる。

 どっちつかずな、そんな彼を許せるのは、愛しているから。



 TO  BE  CONTINUED……?



 END

 

  


あとがき

 うちのママンが、セバスチャンのドラマCD第2段についてきたポストカードを見て、「これって3Pだよね」と言いました。ポストカードには、セバスチャンとユーゼフとデイビットの三人が…。
 たしかに…。
 思わず頷いてしまった俺の脳内では、妄想スイッチがON。ヤバイです…。
 
 
06.8.24 かきじゅん