むせかえるような林檎の香り。


 林檎の甘くて、ほんのりした酸味のある味が好きだ。


 林檎ジャムにアップルパイ、コンポート、焼き林檎……。


 以前は林檎と聞くだけで、いろんな食べ方が思い浮かんだのに。


 今はむせかえるような甘い香りと、あの人のことしか思い浮かばない。




林檎とキスと、ヨハンさんと……。




 シャリシャリシャリ…。
 ショリショリショリ…。
 二人しかいない厨房は、林檎の香りと林檎の皮をむく音しか聞こえない。
 とても穏やかな空間に、俺はほっこりしていた。
 ヨハンさんもおだやかな微笑を浮かべながら、林檎をむいていて。そんなヨハンさんが好きだな…と、クスリと笑う。
 この屋敷に勤めてから、本当に大変な日々を過ごしているが、なんだかんだいいつつ勤めて入れるのはヨハンさんがいるからだと俺は常々思っている。
 『たくさん頂きましてね』
 と、たくさんの林檎を抱えて、いつものように穏やかに微笑んだヨハンさんに、りんごの皮むきを手伝って欲しいといわれ、俺が『俺でよければ喜んで』と頷いたのは一時間ほど前の話。
 いつもより倍のスピードで、その時していた仕事をこなして、厨房へと急いだ。
 『そんなに急がなくてもよかったのですよ』
 と、苦笑されたが、そんなことよりもヨハンさんと一緒にいれることがうれしい。
 『大丈夫です』
 そう言って。俺は用意してくれてあったイスに座り、キッチンの作業台にデンと置かれた林檎に手を伸ばした。
 「ところで、この林檎は何にするんですか?」
 ショリショリシャリシャリと、一つ目の林檎をむき終わったところで、ふいに気になって俺はヨハンさんに尋ねた。一緒にいれることがうれしくて、あんまり考えていなかったからだ。
 「林檎ジャムにするんですよ。あと、今日のおやつは焼き林檎にするつもりでしてね」
 「楽しみです」
 「えぇ、期待していてください」
 共犯者のように微笑んで、俺はまた張り切って林檎の皮をむき始めた。



 「結構な量になりましたね」
 凝った肩をぐるりとまわして、大鍋に入った林檎を見た。ヨハンさんは切った林檎の上から砂糖を満遍なくかけ、コンロにかけていた。
 「B君が手伝ってくれたおかげで、早く終わりましたよ」
 「そんなことないです」
 フルフルと首を振って、全力否定。
 ヨハンさんはあいからわずゆったり微笑んで、
 「そろそろ焼き林檎ができあがる頃です。先にお茶にしましょうか?」
 と言った。
 そんなヨハンさんに、「はい」と返事して、俺はお茶の準備を手伝うべく立ち上がろうとした。
 「いいですよ。ここまで手伝っていただいたんです。私がやりますので、座っていてください」
 ニコニコとヨハンさんに言われも、やっぱりそれはちょっと引き下がれない。
 「そんな……。手伝いますよ」
 そう言った俺の顎をヨハンさんは軽く持ち上げ、不意打ちのキス――。
 それから、いつもとは違う笑みを浮かべたヨハンさんに、
 「まぁ、座っていなさい」
と、言われてしまっては、
 「…はい」
と、頷くしかなく……。
 なんでヨハンさん、俺にキスしたんだろう…。と、いう当たり前の疑問でさえ聞けなくて。
 とりあえず、いつも通り。
 「お茶が入りましたよ」
と、微笑むヨハンさんに、
 「っ……、ありがとうございます」
と、どうにか返事を返すのが精一杯だった。




 END



あとがき。
B受けアンソロの没ネタその一。
B君とヨハンさんのほのぼのシーンが書きたかっただけなんですが、なかなかこの後、ヨハンが思うように動いてくれずお蔵入り……。
久々に見直したら、いけそうな気がしてみたが、やはりヨハンが動かず、無理矢理終了。というか、たぶん続くね、コレ。
2009.1.7かきじゅん