なごり雪
陳王高を倒して初めての冬が過ぎ、春が訪れようとしていた。
「勇雪」
醜塊のことをそう呼ぶのは、この国でただ一人。
「…青樺殿」
貴沙烙の勧めもあり都の再建にたずさわっていたが、 いつもは警備担当のため、 関所などに詰めていることの多い醜塊が青樺の会うのはすごく久しぶりのことだっ た。
「なんだか、すごく久しぶりだな」
はにかむように笑う青樺の出現で、あまり居心地のよくない王宮内の空気は一転 し、暖かくさえ感じた。
「勇雪の用事は終わったのか?」
「ああ。…貴沙烙殿に書類を渡しに来ただけだ。もう終わった」
共に反乱軍として戦っていたときには、粗末な衣服を身に着けていた青樺だが、貴 沙烙に勉強を教わり、元堅に武術を習い、今では一端の武官として王宮に詰めてい る。また、醜槐もその軍師としての能力と知識、攻撃力の高さを評価され、警備のさ らに裏方とはいえ役職についているため、こざっぱりとした格好をしていた。
「俺も今、終わったところなんだ。飯でも食いにいかないか?」
格好が変わったから青樺は変わったかというとそうもはなく、今も、昔も、くった くなく青樺は笑う。感情表現も豊かで、思ったことがすぐ顔に出る。『俺と会ったば かりのころは手負いの獣みたいだったな』とは、将軍に復帰した元堅の話であるが、 少なくとも醜槐があったころからはその笑みは変わらない。
「…ああ」
「よかった。一人暮らしをはじめてだいぶたつのに、一人で夕食ってのになれな くってさ…」
ほんのり頬を染めて、照れながら話す青樺を見て、醜槐は『青樺殿がお誘いとあれ ば、誰でも一緒に食べてくれるだろうに…』と思ったが口にはしなかった。
「そっか。いよいよ明日だったな…」
「ああ」
醜塊は今春、北方の国境警備の任に着くこととなった。その出発が明日なのだ。
「さみしくなるな…」
お世辞でもなんでもなくそう言ってくれる青樺に、醜塊はいつもながら傷が癒され るような気がしていた。
「……」
しかし、どういっていいのかわからず、いつも押し黙ってしまう。
「お待たせいたしました。お酒と本日の小鉢です」
「ありがとう」
青樺は徳利を持ち、醜塊にさしだした。
「おつかれさま、勇雪」
「ああ」
醜塊に酒をついで、そのまま自分の猪口につごうとする青樺の手を醜塊は押しとど めた。
「酒、注ぎますよ…」
「ありがとう」
酒を注ぎ終わり、徳利を置いたのを見計らって、少しだけ猪口を持ち上げて「おつ かれさま」と乾杯した。 喉を滑るように酒が落ちていき、身体に染み渡る。 青樺は、実にうまそうに酒を飲む。今日もぷはっと、すごくうれしそうに猪口に口 付ける。
「明日、朝に出発だったな…。ちゃっちゃと食べて、今日は早く休んで、明日に備 えないとな」
そう言って、青樺は醜槐の猪口に酒を注いだ。
「……」
「あ。勇雪に元堅から伝言があったんだ」
青樺がそう話を切り出した。
「明日、朝一番に王宮に来てほしいそうだ。王が勇雪に会っておきたいとおっしゃ られているそうで」
「俺に…?」
訝しげに、醜槐が聞き返した。
「そう。後、もう一つ。北方地域の警備を任せると同時に、勇雪に将軍の任命が一 緒に出されるそうだ。これは今日の議会で決定した。おめでとう」
「……」
驚愕して、言葉が出ない。 こんな俺を拾ってくれて、人間として扱ってくれているだけでも、感謝してもしき れないというのに…。
「…俺で…いいのか…?」
思わず口をついて出た言葉に、青樺は深く頷いた。
「北は寒さも厳しいし、大小いろいろな国や民族が集落を形成している。その国境 ともなれば、危険も伴うし、知識も必要だ。だから、勇雪にしか頼めなかった。勇雪 にしか出来ないことなんだ。それは王も貴沙烙も元堅も認めている」
醜槐は熱いものがこみ上げるのを感じた。 化け物と呼ばれた自分を、人にしてくれた人がいる。そして、人として必要として くれる人たちがいる。これ以上にありがたいことがあるだろうか…。
「ありがとう…ございます…」
頭を下げると、手にあたたかいものが落ちた。涙を流すたび、人のあたたかさに触 れるたび、人として生きているのだと痛感する。 「場所は違うけど、この国のために一緒に戦おう」
手を差し出されて、少しためらいながら握り返した。
「あなたと、この国のために…俺に出来ることであれば…」
青樺はにっこりと笑って、「ありがとう」といった。
「ブタ角煮とごはん、卵あんかけと野菜炒め。お待ちどうさん」
料理が運ばれてきて、机に次々に並べられていく。
「さて、食うか」
「ああ」
青樺が箸を取って、醜槐が取り皿を青樺に渡した。
「ありがと。ごめん、勇雪。七味とって」
「ああ」
意外と辛党な青樺が取り皿にとった角煮に七味をかける。
「かけるか?」
「いや、いい」
赤くなっている角煮をみながら、醜槐は野菜炒めに手を伸ばした。
ふっと醜塊が窓の外を見ると、雪がちらついていた。もう春だというのに、都では 珍しい…。
青樺も醜塊の見ている先を追って、「ああ」と気づいた。
「なごり雪だな…」
青樺がポツリとつぶやいた。
「なごり雪?」
聞きなじみの無い言葉を醜塊は反芻する。
「早春に降る雪のことを、なごり雪っていうんだそうだ。冬を名残惜しむ雪のこと らしいんだけど、春と一緒に出て行ってしまう人を名残惜しむ…そんな意味があるそ うだ…」
青樺は酒をもう一口飲んで、「ここの酒、うまいな」と顔をほころばせた。
「北に行く勇雪を、名残惜しんでるんだろうか…都が…」
「……」
醜塊は目を見開いて青樺を凝視した。
自分との別れを惜しんでくれる人なんていない。そう思っていただけに、すごく驚 愕していた。
それに気がついたのか青樺はクスクスと笑いながら言った。
「結構、貴沙烙なんかも寂しがってたぞ。『顔はともかくとして、軍師として話を する相手がいなくなる』ってさ。元堅も『手合わせする相手がなぁ…』なんて言って たし。また落ち着いたら、元堅と貴沙烙の相手もしてやってくれ」
「青樺殿…」
「さ。冷めないうちに食ってしまおう」
青樺はご飯の上に、恐ろしく赤い角煮をのせて食っていた。
そんな青樺を見ながら、醜槐は心の中でつぶやいた。
――あなたとこの国のために、この国の平和を、この身の全てをかけて、戦い、守り 抜く所存です。
END
醜槐+青樺小説「なごり雪」をお送りしました。
一瞬、元堅とかも出そうかと思ったけど、長くなるのでやめました。
醜槐さんは、この後、北で最初はみんなに怯えられますが、やはりそこの青軍時代
の仲間@が一緒に赴任しているか、ばったり会うかして、乗り越えてくれるでしょ
う。
そして、かわいいお嬢さんを助けて、逆プロポーズされて、しっかり子供こさえ
て、幸せになっていただきたいものです。
2005.2.19 かきじゅん