ホットはちみつミルク
「バカは風邪引かないって、言うんだけどな」
兄貴は、「脳みそまで筋肉でできているのに風邪を引くとは…」と、ぼやきながらも、何くれと世話を焼いてくれていた。
「ほらよ、ゆーちゃん」
「サンキュ…」
差し出されたのは、ビタミンCウォーター900mlと、エスキモーのビエネッタハーフ。しかもイチゴ味。さすがは兄貴だ。ばっちり好きなものばかりだ。
「今食うか?」
「食う」
はい。と、フォークを渡されて、受け取ってからおもむろに箱を開けにかかろうとしていたら、兄貴に横から奪い取られた。目線で追い掛けると、箱を開けて、袋を破って、あとはフォークで食べるのみの状態になって、俺の元に戻された。
ごめん、勝利……。
くれるって言ったのに、やっぱりあげない。とか言うのかと思ってしまった……。
心の中で、『疑って悪かった兄貴。ようこそビエネッタ…』と、呟きながら、俺はキレイにアイスとチョコレートが層になっているビエネッタに、フォークを突き刺した。
あむ。っと、食べると、冷たいアイスが熱っぽい口のなかに広がり気持ちいい。
「まったく…、幸せそうな顔で食いやがって」
グリグリと、乱暴に頭を撫でて、兄貴は出ていった。
ほんのり顔が赤くなっていたのは何でだろうな……。
俺は考えるのが面倒で、目の前のビエネッタに集中した。
「ゴホ、ゴホゴホ」
ゼーゼーという音が、自分の喉からきこえる。
「水……」
夕方に勝利が持ってきてくれたヒダミンCウォーターが……と、思い手を伸ばしたが、すでにいつの間にか飲んでしまったようで、ペットボトルはからっぽたった。
下の冷蔵庫には、ポカリかアクエリアスも入っているだろう。別段、お茶でもいいし、水道をひねれば水もでる。ここは、地球なのだから――。
自分の考えに、少しだけ苦笑して、だるい体を起こす。起きあがるのはおっくうだが、起きるしかない。
「ゲホ…ゴホゴホ……。はぁ、仕方ない」
つぶやいた声がガラガラにかすれていて、自分の声でないみたいだ。
ベッドから降りると、ひんやりとした空気が身体を包んだ。熱っぽい体には、そのひんやりが気持ちいい。――特に足の裏に伝わる冷たい床の感覚が。
ふと目をやった机の上の時計は、AM2:00をさしていた。
どうりで、静かなはずだ…。
俺は、みんなを起こさないように、そおっと部屋を抜け出した。
「っあ」
大きなタンブラーになみなみと汲んだ水道水を、立て続けに2杯ほど飲み干して、やっと乾きは満たされた。それかわり、お腹はタプタプになってしまったけれど。まぁ、どうせ、すぐに汗に変わっていきそうな勢いだけれど。
冷たい水が入っていた
ホッとしたのもつかの間。咳がひどくて、思わずうずくまる。
咳のしすぎで喉が痛くて、胸が痛くて、涙が出る。
地球の家でなく、眞魔国だったら…と。ふと、そんな考えが頭をよぎる。
家族も心配して、勝利もアイスやジュースを買ってきてくれたし、オフクロもお粥とゼリーと。食べやすいものを作ってくれたし。ないがしろにされてるわけじゃない。むしろ、大事にされている。
解っているけど、眞魔国だったら、きっと、片時も離れずに傍にいてくれるはず…。
ってか、傍にいてほしいんだ。今、ここに。ありえないとしても。
たかだか風邪なのに…な…。
自分の女々しい思考に、一区切りつけようと、大きく肩で息をしながら、水道の蛇口に手を掛けた。ひどく咳き込んで涙がにじんで、ついでに鼻水もたれてきた顔を洗おうと思ったのだ。
「えっ…」
「陛下!?」
蛇口を捻って出てきたのは水ではなく、今ここにいてほしいと、女々しくもウダウダ思っていたりしたコンラッドその人で。
蛇口から出てくるにはいささか無理のある質量だったが、それはスタツアの摩訶不思議ぐあいというか、ってかコンラッド!?
「大丈夫ですか、陛下?」
「なっ……。ゲホッ、ゴホゴホ。陛下って…、呼ぶな。名付け親!」
「すいません。つい、癖で…。風邪、ですか…?」
目尻に浮かんだ涙は、コンラッドの剣だこのある大きな手で拭われ、咳き込むたびに丸くなる背中は大きな手で擦られる。
ひとしきり咳き込んで、コンラッドに背中を擦ってもらっているうちに、ずいぶんと落ち着いてきた。落ち着いてきたら、気になったのは、どうやってコンラッドが地球に来たのかってコト。俺が向こうに行くなら、いざ知らず。
「どうやって……」
疑問を口にすると、ガラガラの擦れ声で、喉がひりひりと痛んだ。
「わかりません。ただ――、あなたのことを考えていたのは確かですね」
目を細めて、コンラッドが微笑む。
チクショウ、いつ見てもイイ男だ。ギャグは寒いけど。
「なんでもイイや…。来てくれてうれしいから……」
スタツアが水を媒介とするからか、蛇口から出てきたからだろうか。
コンラッドの身体は濡れていて、その冷たさが気持ち良くて。俺はぎゅっと、コンラッドに抱きついた。
「ユーリ…」
「うれしいんだ、コンラッドが来てくれて…」
繰り返し、俺はそう囁いた。
コンラッドも冷えるから。と、とりあえず服を脱がせ、親父のバスローブを着せた。だって、すぶ濡れのくせに、俺の世話ばっかり焼こうとするんだぜ。それが、心地いい。って、思っちゃう、俺も俺なんだけどね。
俺も、コンラッドの勧めもあり、汗もかなりかいていたし、そのずぶ濡れのコンラッドにおもいっきり抱きついて、濡れてしまっていたので新しいパジャマに着替えた。
「少し台所をお借りしますよ」
コンラッドは着替えおわった俺がベッドに入ったのを見届けて、爽やかにそう言い置いて、足音をたてずに階下へと降りていった。
さっきまでの意味のわからない不安は、コンラッドが来てくれたことで、スッカリ解消されてしまっていた。解消っていうか、吹き飛んでっちゃったって、感じかな。
「現金なもんだな…」
家族にどんなに大事にされても。
眞魔国でたくさんの人に囲まれても。
欲しいのは、たった一人。傍にいてほしいのは、コンラッド一人なのだ。
「失礼します。ユーリ、起きれますか?」
「いいニオイ…。ホットミルク?」
モゾッと、ふとんから出ようとすると、背中を支えるように手が添えられた。
「ええ、暖まりますよ」
温められたミルクからは、はちみつの甘いかおりが漂ってくる。
「サンキュ」
差し出されたマグカップを受け取って、そうっとカップに口をつけた。
ミルクは適温で、口の中に優しい甘さが広がった。
「うん、うまい」
「それはよかった」
俺が見上げると、コンラッドは穏やかに微笑んだ。
マグカップに一杯、飲み終わったトコロで、体がいい意味でポカポカしてきて、目がトロンとしてきた。
マグカップはいつしか、コンラッドの手によった片付けられ、俺はさり気なくも強引にふとんの中に戻される。
「すぐには帰らないよな」
眠たい目をこじ開けて、コンラッドを見る。
「ええ。傍にいますよ」
コンラッドの手が汗ばんだ額にかかった髪を後ろへと撫で付けた。すっきりした額に優しいキスが落とされる。
「あなたが嫌だといっても、あなたのずっと傍に――」
囁くコンラッドの声を聞きながら、俺は夢の世界に堕ちていった。
END
後書き
冬に書いた小説なので、若干、季節感に違和感がありますが、今の時期に読んでも変ではないかな。と、思います。
さて、風邪を引いてしまい、かなりツライ状態のユーリですが、地球までコンラッドが看病に来てくれたなら、バッチリだね☆
2011.3.25かきじゅん