微笑みと涙の理由




 「ヴァルガーヴ、手は洗った?」
 「洗ったよー」
 ちょこん、とイスに座りながらヴァルガーヴは返事をした。
 「ウソね…」
 フィリアはつかつかとヴァルガーヴの襟首をつかんだ。
 「ヴァルガーヴが素直に返事する時はうそを付いている時だけなのよね。ー―洗ってらっしゃい!」
 チッ、とヴァルガ―ヴは舌打ちし、観念して手を洗いに行った。
 テーブルの上には、温かいランチが並んでいた。
 「たく、もう…」
 怒りながらも、フィリアは温かいまなざしでヴァルガーヴを見ていた。
   


 異界の魔王・ダークスターを滅ぼしてから、ヴァルガーヴが死んでから、ヴァルガーヴが生まれてから幾年の月日が経った。
 それからも、リナさんたちは立ち代り入れ替わり顔を出しに来てくれる。
 リナさんは段々と大人びて、キレイになっていく。
 何も変わらない自分が、ふと切なくなる。精神面でも全然成長していないし、身体は当たり前だけど変わらない。まるで自分の時が止まってるように感じるのだ。人間と共存するという事は。
 数年前、このことをリナさんに相談した時だった。
 「何言ってんのよ。ちゃんとフィリアは成長してるわよ」
 リナさんは、そう言ってくれた。自分ではよく解からないのだけど、なんだか嬉しかった。
 パリパリパリ、という可愛らしい音がして、振りかえるとヴァルガーヴが孵化しようとしていた。
 「リナさん……」
 振りかえると、リナさんは大きく頷き、微笑んでくれた。
 「フィリア……、おめでとう」
 「はい」
 嬉しくて、涙が頬を伝った。
 「ギッ……」
 嘴で殻を破って、押し開ける。
 「クァ…」
 「かわいい……」
 リナさんは殻から出てきたヴァルガーヴを見て,そう呟いた。
 「名前は何にするの?」
 「…ヴァルにしようかヴァルガーヴにしようか悩んでいるんです」
 ヴァルは竜族の時の名前。瀕死の所を魔竜王・ガーヴに助けられ,竜神官ヴァルガーヴとして、魔族として生き、その後彼は、二度死んだ。一度はダークスターに食われて。そして、ダークスターとヴォルフィードと合体した彼は、私達に滅ぼされた。どちらも捨てがたかった。
 「ヴァルガーヴの方がいいんじゃないのかな。あいつの尊敬していたガーヴの名もついてるし」
 「そうですね…」
 ヴァルガーヴは、全身全霊でガーヴをしたっていた。今,新しく生まれたと言えどその方がいいかもしれない。
 「ヴァルガーヴ、私はフィリア」
 そっと手を差し出すと、ヴァルガーヴはそれに擦り寄ってきた。そっと手のひらに載せて、頬擦りをした。
 「よろしくね、ヴァルガーヴ」



 フィリアは自分の椅子を引いて、座ってヴァルガーヴを待つ事にした。
 そういえば、意外と子ども好きだった(失礼…)リナさんは、先日ヴァルガーヴを構い倒して帰っていった。
 ちょうど、ヴァルガーヴが帰ってこなくって,どうしようか途方に暮れていた時だった。
 「どうしたんだ、フィリア?」
 手を洗い、戻ってきたヴァルガーヴがぼうっしとていたフィリアのスカートの裾を引っ張った。
 「うんん、何でもないの」
 フィリアはヴァルガーヴの柔らかい髪を撫でた。
 「食べましょうか」
 「うんっ!」
 微笑むフィリアを眩しそうにヴァルガーヴが見上げた。



  「くっ…!」
 ヴァルガーヴはその痛みにうめいた。
 「どうしようかな…」
 もうそろそろ暗くなり始めた空を見上げ、ヴァルガーヴはごちた。
 事の起こりは半日前。ヴァルガーヴは山に遊びに入り、崖から落ちた。崖といってもそう高くはなく、ケガもそうでもないのだが、落ちる瞬間にとっさにドラゴンに変身してしまった為、羽を傷付けてしまったので飛べないのだ。
 「ちくしょー。家に帰れねぇ……」
 家に帰ったらフィリアにまたこっぴどく怒られるんだろうなァ…、と考えると、ヴァルガーヴは気が重かった。
 「……さむい……」
 日が傾いてくると同時に、段々と冷えてくる。ついでにお腹も減ってきた。
 やはり飛んで帰るしかないのかも。と考え、変身をといたが飛べなかった。
 「ちくしょー」
 痛みの為に片付けられない翼で自分を包みながら、ヴァルガーヴは幼い頭で必死に考えていた。
 「おやおや……、こんな所におもしろい人がいますねぇ…」
 突如として現われたのは、黒髪で神官服を来た男。ゼロスである。
 「誰だよっ!お前は!!」
 「フィリアに似て口の聞き方が悪いですねぇ…。いや、あなたの場合元からでしたか。ヴァルガーヴさん」
 ゼロスは一歩、また一歩とヴァルガーヴに近づいた。
 「フィリアの知り合い…?なんで俺のことまで?」
 「ああ、僕の事は謎の神官、もしくは謎の好青年とでも呼んで下さい。名はゼロスです」
 傷ついた翼を見て、ゼロスは一瞬目を開いた。
 「なるほど。崖から落ちて怪我をして飛べなかったんですか」
 「ほっとけよ」
 図星をスバスバ言われて、ヴァルガーヴは顔をしかめた。
 「リナさんとは会いましたか?」
 「あ?ああ、なんかフィリアが話していたな」
 栗色の髪の魔道士のおねぇちゃんの事だな……と、ヴァルガーヴは思い出した。
 「今日、こっちに来るような事言ってたんですけどねぇ…」
 ゼロスは微かに首を傾げた。
 「さてと、僕はフィリアさんの所に行きますけど、ヴァルガーヴさん、あなたはどうしますか?」
 こんな変な奴に助けられたくないと思ったが、フィリアが怒り狂うのは目に見えている。
 「……一緒に行く」
 「良い答えです。素直な子はみんなに好かれますよ」
 ゼロスは、ふわりとヴァルガーヴの頭を撫でた。そして容易くヴァルガーヴを抱えた。
 「行きますよ」
  ぐにゃりと、空間が歪んだ。
 「うあぁぁぁ!」
 「大丈夫です。ちょっとアストラルサイドを通過するだけですから」
 「なんなんだよ−!それは!!」
 「気にしない事ですよ」
 崖の下には、ヴァルガ−ヴの叫び声だけがこだましていた。



  「到着しましたよ」
 目を開けたら家だった。栗色の髪の魔道士のおねぇちゃんこと、リナとフィリアが、すぐに目に入った。 
 「ゼロス!」
 「ヴァルガーヴ?!」
 椅子に座っていたフィリアが立ち上がり、怒られると思ったヴァルガーヴはギュッと目をつぶった。
 「よかった・・・・・・。無事だったのね」
 怒られるとばっかり思っていたヴァルガーヴは、抱きしめられて硬直した。
 「……本当に、良かった……」
 ヴァルガーヴは自分の頬にあたるフィリアの頬が濡れている事に気がついた。
 「なんで、泣くの?」
 フィリアはヴァルガーヴの頬を撫でた。
 「あなたを、愛しているからよ」



  「リナおねぇちゃん、なぜフィリアは泣いたんだ?」
 フィリアの言葉がいまいち理解できなかったヴァルガーヴは、後でこっそりリナに聞きに来た。
 「あの時フィリアはすごくヴァルガーヴの事、心配してたのよ。探しまわったんだけど、見つからなくって、フィリアはもしかしたら家に帰っているかもと思って帰って来たの。ヴァルガーヴに何かあったらどうしようって、フィリア、凄く自分を責めていたわ」
 ヴァルガーヴは目を瞬いた。
 「なんで?俺が悪いのに」
 リナは少し悩んでいたが、何か決心した様だった。
 「お姉ちゃんが今から話す事、フィリアに言わないって約束できる?」
 「うん。できる」
 大きく頷いたヴァルガーヴに、リナは「じゃあ話してあげよう」と言った。
 「昔、フィリアの一族であるゴールドドラゴン族は、ヴァルガ−ヴの一族であるエンシェントドラゴン族に対して、凄く酷い事をしたの。それを知らなかったその頃のフィリアは、あんたと 同じ名前のヴァルガーヴという人によって、その事を知り、凄く後悔していた……。知らなかったとはいえ、フィリアはその人を傷つけてしまったから」
 リナは当時を思い出したのか、目を伏せた。
 「でもそれだけじゃないのよ。フィリアはあんたが大切で、大好きだから一緒にいるんだよ」
 リナはにっこりと笑って、こう付け加えた。
 「大きくなったらフィリアがきっと全部話してくれるわ。あんたの一族の事も、もう一人のヴァルガーヴの事も…」
 「うん」
 リナはヴァルガーヴの頭を撫でた。
 「フィリアは意外と泣き虫だから、ヴァルガーヴが守ってあげて」
 リナは小指を差し出した。
 「だな」
 ヴァルガーヴもニヤリと笑い、小指を差し出した。
 「俺が絶対、フィリアを守ってやるよ」
 「約束だよ」
 二人は、こっそりと笑った。



  「じゃあリナさん今日、出ちゃうんですか?」
 「うん、そのつもり。これといって急ぐわけでも目的があるわけじゃないけど…」
 朝から、あいからわずの旺盛な食欲でご飯を食べたリナは、食後の香茶を啜った。
 「じゃあ、なんで今日行くんだ?」
 ヴァルガーヴが、頬っぺたにジャムをつけたまま、不思議そうに聞いた。
 「……連れっていうか、おまけがいるのよ」
 リナは少し、照れた様に目を伏せた。
 「……もしかして」
 「あー!えーと、たしか、謎の好青年と言ってくれって言ってた変な人っっ!!」
 ヴァルガーヴが身を乗り出した。どうやら、昨夜突然消えたからか、ただならぬ興味を抱いていたらしい。
 「変な人って……。たしかに変だけど…」
 リナが苦笑した瞬間、空間がねじれた。
 「何かいいましたか?」
 ひょっこりと、突然現われたのは話題に上っていたゼロス本人。
 「おはようこざいます。お元気そうで何よりです」
 「ゼロスっ!?」
 「ゼッ…ゼロス!?」
 「変な人……じゃなかった謎の好青年」
 それぞれがよく解からないリアクションをしているのを見て、ゼロスはズルッと鞄をずり落としかけた。
 「……変な人って…。別に良いですけどね」
 「あの…、ゼロス…。昨日はヴァルガーヴを助けてくれてありがとう・・・・・・」
 フィリアは、おずおずとゼロスに礼を言った。
 「いえいえ。ちょっと僕のほうにも事情がありましてね…」
 「ゼロス、行くわよ!」
 何故かリナが顔を赤くして、立ち上がった。
 「リナさん?」
 フィリアが不思議そうにその光景を見ていた。



  「また来るわね、フィリア」
 玄関先で見送るフィリアとヴァルガーヴに、リナは笑顔でそう言った。
 「気をつけて……」
 「ありがと」
 フィリアは、自分で焼いたパンの入った袋をリナに手渡した。
 「僕がついていますから、ご心配なく」
 「あなたがいるから心配なんです!」
 さりげなくリナの肩を抱いて、いけしゃーしゃーと言うゼロスに、フィリアは尻尾を立てて反論した。
 「これだから火竜王の巫女は…」
 ふうぅ、とゼロスは溜息までついた。
 「なんですってっ!生ゴミ魔族のくせにっ!!」
 一触即発、臨戦体制に入った二人の間に入ったのは、ヴァルガーヴだった。
 「フィリアを虐めたらダメ!」
 「ヴァルガーヴ」
 知っているというか、ヴァルガーヴに発破をかけた当人であるリナはふわりと微笑んだ。
 「ヴァルガーヴさんに免じて今日は、僕が(←密に強調している)ひいてあげましょう」
 ゼロスは意味深な視線をヴァルガーヴに送り、リナを促した。
 「バイバ〜イ」
 「またね」
 フィリアとヴァルガーヴは、二人の姿が見えなくなるまで玄関先で立っていた。
 二人の姿が見えなくなった頃、フィリアはそっとヴァルガ―ヴを抱きしめた。
 「ありがとう……」  

 END            
 

 
 


 あとがき

 2002年2月発行の無料配布本から、修正なしでアップです。または、修正しようがなかったとも言う・・・。
 なにはともあれ、この話も当時は気に入っていた話です。
 ちょっとしか見ていなかった人には分かりにくいですが、この話はスレイヤーズTRYの最終回の後の話です。最終回で浄化され、たまごになったヴァルガーヴ。エンディングでは、ブァルガーヴの手下たちとお店を開くフィリアのそばに、あたたかな日差しを浴びたたまご(ヴァルガーヴ)がいるんですね。そのあと、卵がふ化して・・・。という話です。
 イラストは本の表紙から。このサイトに現れていないかきじゅんの妹、うっし→のイラストです。ちなみに、本の在庫はありませんのでご了承下さいませ。
 ちなみに、裏にアップ済みのゼロリナ「ヒミツな二人」と話的にはリンクしています。当時は他にも色々話を考えていたんですけどね。ゼロフィリで医者ものとか、ゼロヴァル(は?)とか・・・。
 ちなみに、かきじゅんはヴァルガーヴさんラブでした。高木さんのお声もよかったですし・・・(爆)。耳から違う世界に旅立てます(死)。
 しかし、今となってはスレイヤーズTRYを知っている人がどれだけいるのか疑問です・・・。いいのか、コレをアップして・・・。

2006.6.20  かきじゅん