陛下と名付け親の日常風景



座っている者の姿が見えなくなるほどに積み上げられた書類の山はことごとく姿を消し、未決済書類の最後の一枚を手に取った。
ふぅ」
小さく溜息をついて、漆黒の髪をかきあげる仕草は以前とは違い艶やかな印象を受ける。
少し長く伸びた髪は、彼をほんの少し憂鬱な表情にさせた。
執務しやすいようにと、白色のカッターシャツの袖をまくりあげ、執務机についているのは、第27代魔王・渋谷有利魔王陛下。
伸びをして、眉間にしわを寄せて書類を読み、次第にその表情は和らぐ。うんうんと頷いて、勢いよくサインをして。
「よし」
それから、満足げに頷いた。
できあがった決済済み書類をトントンとそろえて、決済済みボックスへといれれば、今日の執務は終了だ。
「お疲れ様です、陛下」
「陛下ってよぶな、名付け親!」
執務が終わったことを見計らってさしだされたお茶は、甘い香りのハーブティー。「すいません、つい癖で」と苦笑するコンラッドに一瞬だけふくれて、ユーリの関心はお茶へと移る。こうした仕草や表情は、幼い頃から変らないとコンラッドは微笑んだ。
「ありがと、コンラッド」
そう言って、一口含んで。ほわっとユーリの表情が和んだ。
「カモミールです。口に合えばいいのですが…」
「うん、大丈夫。ってか、懐かしい味だ」
ニコニコとお茶を口にするユーリに、コンラッドはポケットの中からカップケーキをとりだした。
「よかったら、これも食べてみてください」
「ありがとう。これは?」
「シフォンケーキです。俺の数少ないレパートリーのひとつなんですよ」
こともなげに言ったコンラッドだが、ユーリは目をキラキラさせた。
「すごいよなぁ、コンラッド。何でも出来るし」
「そんなことないですよ。俺に作れるのは、これとクッキーぐらいのもんです」
「いや、作れるのがすごいんだよ。いただきます」
「どうぞ」
ニコニコと頬張るユーリを、コンラッドはほほえましく見ていた。過酷な運命も、年月を経てもかわらない、純粋な魔王。
「コンラッドは食べないの」
 最後の一口を食べる前に、はたっと気がついてユーリはコンラッドを見上げた。
「俺は作りながら、試食と称してつまみ食いしてましたから」
コンラッドは微笑んで、
「お茶のおわかりはどうです?」
と、茶器を取り上げた。




END



あとがき
こんなものをいつ書いたのか、覚えていません……。
たぶん、何か書こうとして、書き散らかしていたものに一応最後の方を書き足したみたいなんですけど…。
何をしようとしていた、自分……。
2009.1.27 かきじゅん