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 甘さを控え、ほんのり洋酒の香りのするチョコレートケーキ。
 ふわふわにホイップした生クリーム。

 ツヤツヤと大きな苺。

 それから、よく冷えた白ワイン。



 仕上げは、貴方を誘う勇気――。





 がんばるBくん





 二月に入り、冷え込みもより一層厳しくなってきた。
 雪の降る日も少なくなく、かじかむ手に、Bは息を吹き掛け、擦りあわせた。
 今日は休みなので、十代の頃からはいているて、少しくたびれてきているけどお気に入りのジーンズと、年明けに買った真新しい黒のハイネックのニット。ジャケットは革なので少し重たいが、風を通さず暖かい――という服装だ。
 セバスチャンやデイビットに言わせると、ピンクやグリーン、オレンジなどのモノトーン以外の色も似合うはずだと言われるが、服を合わせるのが面倒なので、ジーンズに黒のトップスが楽でいいとBは常々思っていた。ちなみに、白い服はすぐ汚れが目立つので、あまり好きではない。家族からは、『徹底した手抜きって言うか、面倒くさがるのもそこまでくりゃポリシーよね』とまで言われる始末である。
 「あ…」
 ちらり。
 はらり。と、白いものが舞い降りてくるのに気が付き、Bは空を見上げた。
 家を出てきた時より、どんよりとした空は、雪が降りそうな気配をかもしだしていて、Bは足を速めた。
 雪が積もって、フランクフルトに帰れなくなる自体だけは避けたい。
 今日は休みでも、明日からは仕事なのだ。
 「たしか…」
 久しぶりに来たせいか、一瞬、自分がめざしていた店がどこにあったか思い悩む。
 「あった」
 前に来たときと、変わらぬ店構えに、Bは少しホッとした。前に来たときは、数年前だったので、もしかして行ってみて店がなかったら…と、ホントいうと少し不安だったりしたのだ。
 ガラス越しに、紅茶やコーヒーだけでなく、烏龍茶やプーアル茶と行ったアジアのお茶や、他の国のお菓子が陳列されているのが窺い知れる。
 戸を開けると、カランコロンと軽やかな鈴の音がして、「いらっしゃいませ」と、店の奥から店員の声が聞こえた。
 入ってすぐに、色とりどりの鮮やかなバレンタインチョコレートや菓子などが目に入る。季節柄、致し方ないことだし、自分が買い物に来た用事もそれに関することなのに、妙に恥ずかしい。
 Bはそっと色鮮やかなバレンタインコーナーから視線を外し、ぐるりと店内を見渡して、
 「さて。何から行くかな…」
と、一人ごちた。



 「じゃぁ、やるか」
 家に帰り、Bは買ってきたものをテーブルに並べ、ボウル、計量カップ、秤、ハンドミキサー、泡立て器、粉ふるい、計量スプーン等々を次々と取り出し、材料の隣へ並べていく。
 セバスチャンよりは上手くはないが、材料と丁寧な計量。それから、レシピ通りに作れば、キチンとした、それなりのものができるものだ。それでなくても、少しはご飯や菓子は作れないことはなかったので、多少、人よりは知識が あったからだろう。
 今回作るのは、ガトー・クラシック。とてもシンプルな、チョコレートケーキだ。
 チョコレートはスイスのリンツにするか、アメリカのハーシーにするか悩んで、ハーシーのミルクチョコレートにして、砂糖を極力減らして作ろうと思っていた。
 個人的にBはリンツのビターサーフィンが好きなのだが、セバスチャンはどちらかというと甘党だからだ。
 チョコレート60g。
 バターは食塩不使用のが50g。
 小麦粉は30g。
 ココアパウダーも今回はハーシーを用意した。これは10g。
 卵は2個。
 砂糖は大さじ2杯……。
 丁寧に計量し全てをそろえて。小麦粉とココアパウダーは粉ふるいにかけておく。
 卵は鮮度のよい赤玉だ。ゆっくりと割って、黄身と白身に分けて、ボウルへ入れておく。失敗すると、なかなか白身が泡立たなくて、メレンゲにならずに難儀する羽目となる。ぷるんっと盛り上がって黄身は濃いオレンジで、Bは密かに後でこま卵でたまごかけご飯をしようと誓った。これだけ鮮度が良ければ絶対おいしいと思う、卵かけご飯が。
 チョコレートは本当は刻まなきゃいけないのだろうが、面倒なので手でパキパキとわり、バターと一緒にとっての付いたボウルへ入れた。
 小振りの鍋に、指を入れたらやけどはしないけど、赤くなって熱くて指が入れていられないぐらいの温度……50度のお湯を用意し、チョコレートとバターの入ったボウルを湯煎にかけ、溶かしていく。チョコレートは直火にかけてはいけないし、お湯の温度が高すぎてもいけない。『チョコレートの主成分は油だから、分離するんだ』と教えてくれたのは、セバスチャンだ。
 「よし、こんなもんか」
 粗方、チョコレートとバターがとけたのを見計らって、Bはボウルをゆっくりと混ぜていたゴムべらをいったん置き、ハンドミキサーを取り上げた。
 そして、卵白を一気に泡立てる。油断すると、卵白はきれいなメレンゲにならず、べちゃべちゃになってしまう。すると、できあがったケーキは、空気がきれいに含まれず、ふくらまなかったり、舌触りが良くなかったりするのだ。
 いいかんじに泡立ってきて、Bは用意していた砂糖をメレンゲに入れた。
 角が立つまで…というらしいのだが、要するにハンドミキサーを持ち上げたときに、しっかり泡だったシャンプーの泡か、石けんの泡がみょーんと持ち上がるような、ダレダレでない状態になったらOKだ。
 いったん卵白おいといて、そのまま卵黄をハンドミキサーで泡立て、ハンドミキサーはこれでお役ごめん。泡立て器にもちかえて、卵黄に溶かしたチョコレートとバターを投入。
 そこにメレンゲを入れて……。Bはそこで、はたっと思い出し、
 「160度だったな」
 オーブンの余熱を160度に設定し温めはじめた。
 で。卵黄にチョコレートはバターを入れ、メレンゲを入れ、混ざったところで泡立て器もお役ご免。今度は、ゴムべらに持ち替えて、ふるっておいた小麦粉とココアパウダーをさっくりと混ぜ合わせた。
 あとは用意しておいた型に流し込んで、30分焼くだけだ。





 バレンタイン当日。
 先日、実家に帰ったときに焼いたガトー・クラシックは………さくらんぼの蒸留酒であるキルシュワッサーをふりかけ、ひっそりとヘイヂの目が届かないようにところに隠しておいたのだが………ふわふわの生クリームを添えた。
 今が旬のイチゴは、つやつやと大きくておいしそうなものを選んで、ガラスの器に盛った。
 ワインは、ドイツの白ワイン……。とろりと甘いアイスワインも捨てがたかったが、今日はマドンナにした。Bの母が『ケーキとマドンナは合うのよね』と、ショートケーキを食べながら、マドンナを飲むからだ。
 Bとしては、まるでセバスチャンのような黒猫のイラストのカッツでもよかったのだけれど、それはまたの機会にしようと思っていた。

 あとはセバスチャンをこっそり呼んでくるだけ……。

 そう思って、Bは部屋を出ようとドアを開けた。
 「セ…セバスチャン…!?」
 「なんだB。そんなに驚いて」
 今まさにノックしようとしていた格好のままのセバスチャンと、意を決して呼びにいこうとしていた人物の意外な登場にびっくりしてしまったBは奇妙な態勢のまま固まってしまっていた。
 「いえ…その……。セバスチャンこそ、どうしたんです?」
 なんと返事をしていいのか。パニック状態の頭ではいまく言葉がまとまらない。そんなBの心境を知ってか知らずか、セバスチャンは傲慢に、それでいながらセクシーに囁いた。
 「お前と今日の夜を過ごすのは俺の特権だろう?違うのか」
 「…違わないですよ」
 どうぞ。と、Bはセバスチャンを部屋に招き入れるべく、扉を大きくあけた。
 「あなたは俺の恋人で、今日はバレンタインですからね。ちょっと頑張りました」
 顔を真っ赤にして、そう報告するBに、セバスチャンはやわらかなキスで恋人をねぎらった。





 END
 
 


後書き
なんとか頑張れた…。とりあえず、裏はバレンタインに間に合いました。裏は見に来る人も少ないでしょうから、あきなに頼んで表へ持ち帰りして頂くとしましょう。
ケーキレシピは、基本のレシピを参考に、私が実際にケーキを作る分量で記載しています。チョコレートは、どのメーカーのビターチョコレートでも、ミルクチョコレートでもかまいません。また、焼き上がりに洋酒やキルシュワッサーをふりかけるのは私の趣味ですので、通常は粉糖もしくは、そのままでもおいしく頂けます。ラップなどでくるんで、冷暗所に数日寝かせると風味良くなります。
砂糖は、基本レシピでは50gです。興味のある方はおためしあれ。
2010.2.14 かきじゅん

2010.2.24 裏日記より表にup。