「奴らの日常」




 2年前の夏。
 修学旅行で行った海には、その昔、妖精がいた。

 夜の海には、悪戯好きの妖精。
 月からの使者で、誰よりも勇気のある妖精。
 名を、タイチ。

 そして昼の海にも、悪戯好きの妖精がいた。
 太陽の化身。けれども、誰よりも孤独な妖精。
 名を、大和。

 ある時、昼の海の妖精と夜の海の妖精は恋に落ちる。
 つかの間の幸福なひと時。
 しかし幸福な時は長くは続かず、別れの日は突然にやって来る。
 彼らは愛し合いながらも、結ばれることはなかった。

 運命の荒波に流されながらも、懸命に愛を貫いた妖精たちの姿は、本人たちの知らないところで、長い年月語りつづけられ、今もなお、そしてこれからも語り継がれていく。
 曰く、『身分違いの恋で苦しんでいるのなら、海へ行ってごらん。悲しい宿命の妖 精たちが、力を貸してくれる。頑張る勇気をくれるから』と。



 「なぁなぁ、太一…。ヤろうぜ」
 世界で一番好きな人に、どんなにセクシーな声で、メッチ感じやすい耳元でささやかれても、のめない要求がある。
 八神太一14歳。中2。悩めるお年頃…。
 「俺は明日、サッカーの試合があるから、イヤだってんだろっ!」
 「そう言って、先週もヤらせてくんなかったじゃんかっ!!」
 うらめがましそうな目で太一を見つめるのは、石田ヤマト14歳。
 「しかたないだろ…。試合なんだから…」
 太一は視線をそらした。
 なんだかんだといって、2年も恋人として付き合っているのだ。前世から考えると、知り合ってからどのぐらいたつのか、見当もつかない。
 そんな太一とヤマトは、互いに嘘がつけない。なぜなら、すぐにバレてしまうから。
 それは、今日とて例外ではなかった。
 ヤりたい欲求と、ずっと太一が何かを隠していることが気になってしかたがなかったヤマトである。ついにキレた。
 「サッカー部のヤツに聞いたら、試合は2週間ごとだと聞いた。しかも、明日は練習もないと教えてくれたぞ」
 ジリジリと距離を詰めてくるヤマトに、太一はズリズリと後ろに下がった。
 「あれ?俺の勘違いかな………」
 太一の乾いた笑いが、空しく部屋に響いた。
 「ふ〜ん。勘違い…?
  ついでに、そいつはこうも言っていたぞ。先週は試合はなかった。とな」
 ヤマトはにっこりと笑って、太一の顔は引きつった。
 「どういうことか、説明してもらおうか。太一」
 「どーもこーも…。あ。俺、用事を思い出した」
 顔を引きつらせつつ、帰ろうとする太一をヤマトは背後から抱きしめた。
 「俺のコト、キライになった…?」
 太一の肩に額を乗せて、ヤマトは呟くように聞いた。
 ヤマト自身、女々しい質問だと思っている。しかし、互いに思いあっていたのに、結ばれることのなかった時間が長すぎたから、また、どこかに消えてしまうような気がしてならないのだ。
 過去世で、漁師の子どもとして、同じ村で生まれ、互いに惹かれあっていた。
 しかし、ヤマト…過去世では大和と呼ばれていた少年は、病気で死に、太陽と契約を交わし、妖精となった。
 一方、太一…過去世ではタイチとよばれていた少年は、月に見初められ、自ら死を選び、月の妖精とさせられてしまった。
 妖精となる際に、記憶は全て抹消されたふたりは、魂がひきようあうかのように惹かれ、やはりまた、恋に落ちた。
 しかし、二人はまた、消滅という別れを余儀なくされ、今度こそは…と、輪廻の流れにのった。
 そして、やっと出逢った。
 デジタルワールドで冒険をし、親友になり、小学校の修学旅行で両思いになった。
 それから、自分たちの前世を知った。
 だからだろうか。繋がれた手が離される。やっと結ぶことができた赤い糸が切れてしまうことが、恐くて仕方がなかった。
 「……」
 太一は、小さく溜息をついた。
 「そんなんじゃねーよ…」
 強張っていた太一の体から、力が抜けた。
 ホントに、とってもくだらいことなのだ。きっかけは…。
 太一だって恐いのだ。このぬくもりが離れていってしまわないかと…。
 太一はゆっくりとヤマトに手を伸ばした。そして、二つの影が重なりあった。


 太一がヤマトを拒む原因となったのは、クラスメイトから回ってきた小説が原因だった。
 「八神、お前も読むか?」
 ニヤニヤしながらクラスメイトが持ってきたのは、本屋のカバーがかかった文庫だった。
 「なんだよ、コレ?」
 また父親のエロ小説でもパクってきたのかと、太一は少々うんざりしながら受け取った。前に貸してもらったというか、押し付けられたのでパラパラと読んだが、レイプものでずっとHシーンが続くし、エグいし、気持ち悪くなってしまったのだ。不能扱いされるのもイヤで、普通に返したが。
 ページを開けると、かわいらしい丸文字でタイトルが印字されている。不思議に思った太一は、パラパラとページをめくった。
 「けっこー、ヌけるぜ」
 ニヤニヤと笑うクラスメイトを完全に忘れ去り、太一は固まった。
 「ホモだけどな。なんか、女子の間ではやっているらしいぜ」
 開かれたページのイラストには、かわいい女の子ではなく、かわいい男とカッコイイ男が、自分にも身に覚えのある行いをしているシーンだった。
 「…なんで、こんなんを持っているんだ?」
 太一は固まった身体を、ゆっくりとクラスメイトに向けた。
 「買ったんだよ」
 「買ったぁ?」
 こともなげに言ったクラスメイトに、太一は目をひん剥いた。
 「本屋で、ファンタジー小説の隣だったし、ファンタジーかなんかなのかと思ってさ。表紙も普通に、男と女に見えたし」
 太一はにこやかに語るクラスメイトを眺め、本に視線を移した。そして、おもむろに本屋のカバーを外した。
 かわいらしいボーイッシュな女の子に見えないこともない男と、あきらかに男と分かるカッコイイ系のにーちゃんが、ファンタジーに出てくる魔法使いと騎士のような格好をして、微妙な密着度で描かれていた。
 「読んでみたらホモでびっくりしたんだけど、絵もかわいいしな」
 「……」
 太一は無言で固まっていた。
 「女子の間ではこういうの、流行っているらしいぜ」
 「そ……」
 「しかもな、けっこーヌけるぜ」
 コソコソと女子の目を気にしながら、クラスメイトは太一の耳に囁いた。
 「席につけー!授業をはじめるぞ!!」
 チャイムと同時に入ってきた、いかつい社会科の先生によって会話は中断された。

 「返すのはいつでもいいぜ」
 ちゃめっけのある仕草で、クラスメイトは自分の席にもどっていった。
 かくして、太一の手の中には、男同士で恋愛して、えっちをしている小説が残されたのである。


 「で、これが件の小説なんだな…」
 ヤマトの家のダイニングキッチンで、ふたりは神妙な顔で件の小説を見た。
 「そう」
 ヤマトは、本を手にとって、パラパラと見た。微妙に刺激がきつい…。
 「別に、どうってわけじゃないんだけど…」
 「どうしたんだよ?」
 いい難そうにもごもごとしている太一。
 「…一応、全部読んだんだ」
 「うん」
 ぽつりぽつりと、話し始めた太一にヤマトは相槌を打った。
 「そしたらさ、なんか、急にわけもなく恥ずかしくなってきてさ」
 「は…?」
 「それで、ヤマトの顔が見れなくなって…」
 ちょっと待て…。
 ヤマトは、思った。冗談じゃないと…。
 今はまだ中学生だからこの程度だ。高校入って、もっときわどいモンとか見たら、どうするんだと。
 「ごめんな…」
 ちょこっと泣きそうな顔で、見つめられる。
 「…もういいよ」
 太一の不可解な思考回路は昔からである。それに関しては、そりゃもう、かなり前にあきらめている。
 それに、リーダーシップを取る、その明るさゆえに、かなかそういう手合いの話になれない雰囲気がある…らしい。だからと言うのも変だけども、バッチリしているくせに妙に疎い瞬間がある。
 対してヤマトは、太一とこういう関係になったから、頑張って勉強したので知識はあった。
 「太一」
 ヤマトは身を乗り出して、キスをした。
 「なんだっていいよ、太一がいてくれたら」
 「ん…」
 唇を合わせるだけのキスは、どんどん深みにはまっていく。
 
 喧嘩しても、すぐに仲直り。
 顔を見ないと不安。
 ――君がいないと、生きていけない…。

 そんな奴らの日常は、「所詮バカップル」と、同級生でもある竹之内空に一蹴されている。

 END


  


 デジモン無印の小説本「マリン・フェアリー・ナイト」番外編でした。これだけでも読めるように書いたつもりですが、どうでしょうか…?
 「マリン・フェアリー・ナイト」はオリジナル色が強い話なので、説明なしでは厳しいよな…と、思いつつ…。気になった方は、
インフォページへ(苦笑)。
ようするに、バカップルですよ、奴らは…。と、ただソレが言いたかっただけの話。書いたのは何年も前で、前半部分はけっこうそのままです。途中でほったらかしにしてあったので、なんとか完結させました。
  2006.9.3 かきじゅん