遠くから、虫の鳴く声がする。
網を持って、虫を追い掛けた日は遠い昔のことだ。
満月をみあげて
「お疲れ」
「太一もお疲れさん。珍しいよな、こんな時間にふたりとも家にいるなんて」
ふっと笑ったヤマトに、くすりと笑って、窓の外の大きな満月をみあげた。
「お月見団子でも用意すればよかったな」
「そういや、中秋の名月か…」
帰りのみちすがらに聞いていたラジオから、そんな話をしていた。昔はお彼岸とセットで、団子と、おはぎと食べれてラッキーとか思っていたのだが。
「どうせ、そんなに食べないだろう。ビール片手にベランダで、月見酒でいいじゃないか」
現実的なヤマトの発言にバッサリ斬られ、太一は苦笑した。たしかに、大人になるにつれ、甘いものはあまり得意でなくなった。たべれないことはないのだが。
その代わり、ビールや辛いものはよく食べるようになった。大人になるということは、子供の頃に当たり前に感じていたことが、いつの間にかガラリと変わることだったのかな。と、ふとしたこういう瞬間に思う。
「太一。ラガーとアサヒ、どっちにする?」
「アサヒ」
即答した太一に、すでにその答えを予想していたのであろうヤマトは、銀色の方の缶ビールを差し出した。
「サンキュ」
どちらからともなく、缶ビールを片手にベランダへ出てみたら、遠くから、虫の鳴く声がした。秋の風にのって流れてくる微かな音に耳を傾ける。
隣を見ればヤマトは、少し涼しくなった秋の風にやわらかい髪を泳がせていた。
網を持って、虫を追い掛けた日は遠い昔のことだ。
まだ、幼くて。純粋で、どこまでも続く未来が、勝手に向こうからやってくるものだと信じていた。
「でっけー月だな」
「いい感じに晴れたしな。昔もマンションのベランダから、こうやって月を見たよな」
ビールに口をつけ、月を見る。
「昔は月を見るより、団子を食べるほうが忙しかったな」
「太一はな」
今も昔も変わらず、ただ空にあり続ける月をみて、俺たちは昔の話をする。
団子の話。
遠足の話。
それから、あの冒険の話を。
ただ空にあり続ける月が色褪せないのと同じように、色褪せない思い出というより鮮烈な記憶――。
「今ごろ、向こうでも月見かな」
「そうなんじゃねえの」
月を見上げてポツリとつぶやいたヤマトに、太一はキスを一つして、にかっと笑った。
きっと、にぎやかにしているに違いない。と自信満々に断言して。
END
今日は中秋の名月ですね(=・ω・)/(裏日記upは9.22)
だらだら書き散らかしてみました。
2010.10.14 表にup。 2010.9.22 裏日記にup。