いつだって、きっと優しい音色--
家族と一緒にケーキを食べる。
そんなクリスマスは、もう卒業した。
友人とバカ騒ぎをするか、彼女と過ごすか。高校生のクリスマスなんてそんなものだろう。
「太一、どうしたんだよ?」
「あ?なんでもねぇよ」
大音量で音楽が流れるカラオケボックスの中、声をかけられて太一は苦笑した。
「だったら、もうちょっと楽しそうな顔してろよ。女子たちはお前目当てで集まってんだから盛り下がるじゃねーか」
酒も飲んでいないのにからみつくように言われ、太一は、この暖房がガンガンにかかったこの暑苦しくも狭い箱の中にいる閉塞感とあいまって。それに、付き合いだからとしぶしぶきたということもあって少々、いや、かなりうんざりし始めていた。
「そんなことはないだろ」
そう言って、「俺、しょんべんに行ってくるわ」と立ち上がった。
そわそわとした、今日はやたらと気合の入った感のある女子たちが見えたが、俺はそのまま部屋を出た。
部屋を出ると、ボックス内の熱気と閉塞感から開放された気分になり、少し気持ちがすっとした。ゆっくりとトイレには向かわず、フロントに出た。
フロントのその先、正面玄関のガラス戸の向こうでは、雪がちらついていた。
『今年もライブなのか?』
『あぁ、恒例になっちまったからな』
そんな二週間ほど前の、ヤマトとの会話を思い出した。
『そっか』
そういって、ごろりと横になればうまいぐらいにヤマトの膝に頭がのっかった。
見上げれば、仕方がないといわんばかりに苦笑しているヤマトがいて、太一はゆっくりと目を閉じた。
『寂しいのか?』
あいもかわらずボリュウムの多い太一の髪を指に絡ませ、時にはすきながらヤマトは問い掛けた。
『そうだな…』
そう呟いた太一に、ヤマトは触れるだけのキスをした。
みんなと一緒に旅をしてから、もう6年…いや7年か?あの世界も、戦いも、一緒に旅をした仲間たちも。今ではもう、それぞれがそれぞれの夢に向かって歩み始め、時折、連絡を取り合う程度だ。緩やかに、しかしそれぞれの上を平等に時間は過ぎて、太一とヤマトの関係も緩やかに、しかし確実に変化しつづけた。
『なんだよ』
クスクスと笑うヤマトをじろりと太一は睨みつけた。
『いや…。かわいいなって思ってさ』
『誰が』
『太一が』
そう言って、なおも笑うヤマトを引き寄せて、触れるだけじゃ足りない。奪い合うようなキスをして――。
「太一君」
唐突に後ろから声をかけられ、太一は我に返り、それから振り返った。そこには、どちらかというと出るところはしっかり出ている、そこそこかわいい同級生のミキ。ぽってりとした唇に淡い桜色のリップが印象に残る。
「どうしたの?」
一生懸命かわいくみせようとするミキの仕草に、太一はただ苦笑して外を見た。
「寒いなと思ったら、雪が……な」
「わぁ…。ホント」
瞳をキラキラ輝かせて喜ぶ少女を見て、かわいいと思いこそすれ、恋愛の対象としてはまったく見れない。しかし、彼女――ミキがそういった対象に見て欲しいと願っているの見て取れた。
「さて。そろそろお開きの時間だな」
だから、太一はフロントの時計を見て歩き出した。極力、ミキを見ないようにして。
「太一君、このあとどうするの?」
しかし、後ろから声がして。振り返った肩越しに見たミキの瞳に、期待と不安が見て取れた。
「そうだな。恋人のところにでも押しかけるかな」
「えっ…」
小さく呟いて硬直したミキに気がつかない振りをして、太一は数歩の距離を歩いた。
「そうか。そうだよね。クリスマスだもんね…」
ミキが、自分を納得させるように。言い聞かせるように呟いているのが聞こえた。
太一は自分たちのグループが歌っているボックスの戸を開き、「そろそろお開きにしようぜ」と、ことさらおどけて言った。
ホワイトクリスマスだと女子ははしゃぎ、男はそんな彼女たちをどう口説こうかと考えをめぐらす中、太一はさりげなく「じゃあな」といって同級生たちから離れた。
ミキが縋るような視線をこちらに向けたが、太一はやはり気がつかない振りをした。
歩き出した太一の背中に、同級生たちは「気をつけて帰れよ」「え〜。太一君、帰っちゃうの〜?」「いいんだよ、太一はよ」「そうそう」「え〜。太一君では、本命の彼女がいるって噂、ホントなの〜」「ショック〜」などと好きなことをいいつつ、次第に次の話題へと転じていった。
遠ざかる声を背に、太一は空を見上げた。
黒い空から、ふわりふわりと舞い落ちる雪。それは、街灯に反射してキラキラと光り、秋に枝を切り寒そうな姿をさらす街路樹を白くデコレーションしていく。
――会いたい。
ふと頭をよぎるのは、大切な人。
みんなと別れて。一人で空を見上げて…。そうしたら、唐突に寒さと寂しさを感じた。
「さみっ」
太一はぶるりと震え、少しだけ急ぎ足になって歩き始めた。
――ヤマトに会いたい。
それから、抱きしめたい。ぎゅっと、強く…。
そんなことを思いながら次第に早くなっていく歩みは、もう走っているといっても過言ではなくて。
太一はただひたすら帰路を走った。
近くまで帰ってきて、ふいに聞こえたハーモニカの音に太一は心躍らせた。
夜の静かに団地に、太一の靴がアスファルトをける音と、荒い息遣いが響いた。
「っぁ…」
「…なにしてんだよ」
団地の中の小さな公園のベンチに、ヤマトは座っていた。
手には使い込んだハーモニカ。
「音が…、聞こえたからな」
太一はそう言って、大きく肩で息をした。
「バカか、お前」
呆れた顔をして、ヤマトは太一を見上げた。
「そう…かもな」
「走ってこなくても待ってる」
「わかってる。でも、俺が早くヤマトに会いたかったんだ」
ぎゅっと抱きしめると、ヤマトは「救い様のないバカだな」といいながらも手を太一の背中に回した。
静かに。
シンシンと雪は降り積もる。
静かに。
温かい光が窓からもれた。
「なぁ、聞かせてくれよ」
「あぁ」
太一にねだられ、ヤマトはハーモニカをかまえた。
すべりだすように奏でられるのは、優しい音色。
その音色は、迷っても、前に進む勇気。
それから、一緒に悩んで、怒ってくれた友情。
そして、背を預けて、戦える信頼。
それらを支えてくれたのは、お互いの存在とこの優しい音色があったからだと思う。
今までもそうだったように。
これからも、ずっと。
いつだって、きっと優しい音色とともに――。
END
あとがき。
太一×ヤマト、高校生編でお送りしました。
とりたてて意味はないんだけどね。雪の中、公園のベンチでヤマトさんにハーモニカを吹いて欲しかっただけというか(笑)。
2007.12.16 かきじゅん
2008.1.27小説ページに再見。